2026年8月5日水曜日

クリスパー・キャス9(CRISPR Cas9) ―遺伝子編集技術の現状と展望―

 1.はじめに

これは、SFではない。人工知能(AI)革命における科学・技術上の大きなブレイク・スルーが、多段階ニューラルネットワークの進化したデーブ・ラニングであるならぱ、このクリスパー・キャス9の発見とその応用が、まさしく生命科学における科学・技術上の大きなブレイク・スルーであった。そして、そのことに私は、すでに10年以上も前に着目して、小冊子「SFに連なる未来」(2019年発行)の中で指摘しておいた。しかし、この当時その事実に共感してくれたのは、食問題研究会でも、大学で生物科学を専攻してきた極少数の技術者しかいなかった。AI革命の初期のときと同じように、世間は、物事がはっきりとした姿を見せるまで無関心なのだ。そして、私自身も、AI革命の喧騒の中で、その事実からすっかり遠ざかっていた。そんなとき、書店で出会ったのがみの本であった。

CRISPR ―究極の遺伝子編集技術の発見:ジェニファー・ダウドナ:サミュエル・スターンバーグ:桜井裕子():文春文庫:株式会社文藝春秋:20211010日第1


2020
年のノーベル化学賞はエマニュエル・シャルパンティエ氏とジェニファー・ダウドナ氏の2名が受賞した。受賞理由は、遺伝子を思い通りに書き換える新しい技術「ゲノム編集手法(CRISPR-Cas9)の開発」だ。

エマニュエル・シャルパンティエ(1968年~):フランス出身。ドイツのマックス・プランク感染生物学研究所の所長: ジェニファー・ダウドナ(1954年~):アメリカ出身。アメリカのカリフォルニア大学バークレー校の教授。二人とも女性の科学者だ。

著者のジェニファー・ダウドナは、2020年のノーベル科学賞の受賞者の一人だ。ミュエル・スターンバーグSamuel Sternbergダウドナの研究室でCRISPR-Cas9の研究に従事し、ジェニファー・ダウドナ教授のラボで博士号を取得した後、バイオテクノロジー企業での勤務を経て、現在はコロンビア大学の准教授として自身の研究室を率い、ゲノム編集の最前線で活躍しており、この本の共同執筆者となっている。

翻訳家櫻井裕子(1970?)
京都大学経済学部経済学科卒、大手都市銀行在籍中にオックスフォード大学大学院で経営学修士号を取得。訳書に『1兆ドルコーチ』『創始者たち』(以上、ダイヤモンド社)、『選択の科学』(文春文庫)、『イノベーション・オブ・ライフ』(翔泳社)、『BIG THINGS』(サンマーク出版)など多数

  解説須田桃子(1975年~)                                                                                                                                           千葉県出身。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)2001年に毎日新聞社に入社し、2006年から科学環境部の記者としてiPS細胞や生命科学などを担当News Picksの副編集長を経て、現在はフリーランスとして活動しながら東京農工大学の特任教授も務めています。科学技術、医療、生命科学の分野における徹底した調査報道で高く評価されている。 

この本は、文字通り、現代の先端の女性科学者、翻訳家、科学ジーナリスト達の総力と叡智が結実した本である。

2.本書の構成と概要

2.1本書の構成(目次)

プロローグ まったく新しい遺伝子編集技術の誕生

第一部 開発

第一章 クリスパー前史

第二章 細菌のDNAに現れる不思議な「回文」

第三章 免疫機構を遺伝子編集に応用する

第四章 高校生も遺伝子を編集できる

第二部 応用

第五章 アジア象の遺伝子をマンモスの遺伝子に変える

第六章 病気の治療に使う

第七章 核兵器の轍は踏まない

第八章 福音か厄災か

エピローグ 科学者よ、研究室を出て話をしよう

謝辞

原注

訳者 あとがき

解説 須田桃子

2.2基礎事項の確認                               2.2.1 ゲノムと遺伝子とDNA

ゲノムGenome)とは生物が持つ「遺伝情報のすべて」のことで、遺伝子(Gene)はその中にある「具体的な情報が書かれた一つひとつのパーツ」を指す。

1) 遺伝子DNAという長い紐(ひも)のような物質の一部分だ

  • 役割: 目を何色にするか、どんな筋肉を作るかなど、タンパク質を作るための具体的な設計図(文字データ)だ。
  • 特徴: ヒトの体には約2万個の遺伝子がある。しかし、これはDNA全体のたった1.5%程度しかない。残りの約98.5%は、遺伝子の働きをコントロールするスイッチの役割などを持っている。 

2) ゲノムとは:命の全データ                                                             

  ゲノムは「遺伝(gene)」と「すべて(-omen)」を組み合わせた言葉だ。

·   役割: その生物を形作るために必要な、すべてのDNA情報(1.5%の遺伝子 98.5%のその他の領域すべて)の塊だ

·    特徴

: 親から子へ引き継がれる「生命の設計図の1セット」そのものを指す。


3) 関係性のまとめ

細胞の中には「染色体」があり、それを細かく紐解くと「DNA」という物質になる。そのDNAの全体像がゲノムであり、その中に点在する大切な情報エリアが遺伝子だ。「ゲノム」と「DNA」は、よく混同されるが「情報そのもの」と「情報を記録している物質」という決定的な違いがある。本に例えると、DNAは「紙とインク(物質)」であり、ゲノムはそこに書かれている「本の物語のすべて(情報)」だ。

2.2遺伝学とゲノム編集の歴史

1) 遺伝の「法則」と「言葉」の誕生(19世紀〜20世紀初頭)

 最初は、遺伝がどのような「物質」によって行われているのか誰も知らなかった。

  • 1865年:グレゴール・メンデルの法則
    • エンドウ豆の交配実験から、親から子へ形質を伝える「遺伝粒子(因子)」が存在することを発見した。これが遺伝子概念の誕生だ。
  • 1903年:ウォルター・サットンの染色体説
    • 顕微鏡での観察から、遺伝因子は細胞の中にある「染色体」の上にあると提唱した。
  • 1909年:言葉の誕生(ヨハンセンとウィンクラー)
    • デンマークのヨハンセンがメンデルの因子を「遺伝子(Gene)」と命名した。
    • その後、1920年にドイツのウィンクラーが、遺伝子(Gene)と染色体(Chromosome)を組み合わせて「ゲノム(Genome)」という言葉を作った。

2) 遺伝子の正体が「DNA」と判明(20世紀半ば)

   しばらくは、複雑な遺伝情報を担うのは「タンパク質」だろうと考えられた。

·        1944年:オズワルド・エイブリーらの実験

o   肺炎双球菌を使った実験により、遺伝情報を伝える本体がタンパク質ではなくDNA(デオキシリボ核酸)であることを証明した。

·         1953:ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックの二重らせん構造

o   ロザリンド・フランクリンらのX線回折データを元に、DNA「二重らせん構造」をしていることを突き止めた。

o   A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4つの塩基が対になって並ぶことで、デジタルデータのように遺伝情報を記録している仕組みが明らかになった。

  3)  文字を読み解く「ゲノム解読」の時代(20世紀後半〜21世紀初頭)

構造が分かったことで、次は「そこに何が書かれているか」を全文字読む挑戦が始まった。

  • 1977年:フレデリック・サンガーのDNAシーケンシング技術
    • DNAの文字(塩基配列)を確実に見分ける「サンガー法」を開発し、のちの大量解読への道を開きました(サンガーはこの功績などでノーベル化学賞を2度受賞)。
  • 2003年:ヒトゲノム計画の完了
    • 日米欧などの国際共同プロジェクトにより、人間の全遺伝情報(約30億文字)を解読する「ヒトゲノム計画」が完了した。これにより、人類は自らの「完全な設計図」を手に入れた。

4). 設計図を書き換える「ゲノム編集」の時代(現代)

読むだけでなく、ピンポイントで書き換える技術へと進化している。

·        2012年:CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)の発表            o   ジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエが、狙った遺伝子を極めて正確に切断・編集できる技術を発表し、2020年にノーベル化学賞を受賞した。医療や農業の分野で革命を起こした。


2.3 本書の概要

 1)プロローグ まったく新しい遺伝子編集技術の誕生

  ここでは、著者等が発見した まったく新しい遺伝子編集技術CRISPR Cas 9の歴史的意義と将来展望が熱く語られ、この本の構成が、第一部でその開発の歴史を取り上げ、第二部でその応用の現状と展望・課題について述べ、この本がジェニファー・ダウドナの一人称で書かれているが、これは、表現上のわかりやすさのためで、実際には、ミュエル・スターンバーグとの共同執筆であるとのことわり書きがされている

 2)第一部 開発

第一章クリスパー前史

遺伝性疾患は、DNA上の配列の異常によって起こる。では、それを編集修正できれば、病気は治療できるのではないか?。ある遺伝病患者の奇跡的回復は、そのことを示唆していた。

クリスパーが開発されるまでの人類の遺伝子編集研究の歴史をたどる。

第二章 細菌のDNAに現れる不思議な「回文」

動物のウイルス感染の防御としてのRNA干渉を研究していた私のもとに、見知らぬ研究者から不思議な電話かせかかる。「クリスパー」彼女は言った。それは細菌の中のDNA配列に見られる不思議な「回文」のことを指していた。

DNA干渉:動植物の細胞が特定の遺伝子の発現を抑制するために用いる分子機構で免疫機構でも重要な役割を果たす。

回文:バリンドローム、バリンドローム構造とは、前からよんでも後ろから読んでも同じ配列(例えばsenile  felines  年老いたねこ)


クリスパー:Clustered  Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats(クラスター化され、規則的に間隔が空いた短い回文構造の繰り返し)

第三章 免疫機構を遺伝子編集に応用する

CRISPRのⅠ型は、DNA塩基を高速で破壊する。ブレイク・スルーは、Ⅱ型にあった。Ⅱ型のCRISPR特有酵素Cas9を研究するフランスの研究者(エマニエル)から共同研究の申し出があった。それが特定の場所で遺伝子を自在に編集できるツールの発見の鍵となる。

第四章 高校生も遺伝子を編集できる

 私達が2012年に論文を発表してから堰を切ったようにCRISPRの多様な利用方法が発見されている。私を含む科学者は、医療ベンチャー企業を立ち上げた。これまでの600分の1以下のコストで、短時間でできるこの「魔法の杖」を誰もが使い始めた。

第二部 応用

第五章 アジア象の遺伝子をマンモスの遺伝子に変える

CRISPRを利用したさまざまな試みが世界中の研究室や企業で始まっている。うどんこ病抵抗性遺伝子を挿入したパンコムギの作成、角の生えない牛。ハーバード大学は、マンモスを現代に蘇らせるプロジェクトも始めた。が倫理的境界線をどこにひくべきか?

第六章 病気の治療に使う

CRISPRは、7000以上ある単一遺伝子疾患の治療に福音となる。先天性白内障、筋ジストロフィー等では、すでにマウスの治療は成功済みだ、TALENを使った遺伝子編集では、末期の小児がんを治療した例もある。その最前線を報告する。

第七章 核兵器の轍は踏まない

豚の顔を持つヒトラーは、私にこう語りかけた。「君が開発した素晴らしい技術の利用法を知りたい」CRISPRは核兵器の轍を踏むのか?。そうさせないためにも、社会を巻き込んだ議論が必要だ。私たちは、「サイオンス」誌に呼びかけの一文を掲載する。

第八章 福音か厄災か

私たちパースペクティブ論文の直後に、中国の科学者によるヒト胚にCRISPRを使った論文が発表された。米国の諜報機関は、CRISPRを「第六の大量破壊兵器」と指摘する報告書を書く。人間が人間の遺伝子を改変することはどこまで許されるのか?

エピローグ 科学者よ研究室を出て話をしよう

遺伝子編集が人類と地球を根底からゆるがすような影響を及ばそうとしている。私たちは、今新しい時代の戸口に立っている、

謝辞

執筆者としての共同謝辞、執筆者 個々の謝辞

訳者あとがき(櫻井裕子)

原題が A Crack in  Creation  (創造の亀裂)の意味と訳が2か月という短期間で行われたこと等が書かれている。

解説 百年に一度の+技術(須田桃子)

 この複雑で難解な本の全貌を数ページで要領よくまとめている。


2.4 CRISPR-Cas9によるゲノム編集プロセス

この本の核心的な部分は、生第二章と第三章であるので、それを要約してまとめると次のようになる(以下は、書いた文章をAIに校正してもらって完成させた)

CRISPR-Cas9によるゲノム編集は、細菌がウイルスの攻撃から身を守るために発達させた免疫防御システム(CRISPR-Cas9)の「標的を認識して切断する仕組み」を応用した技術だ。これは、ガイドRNAgRNA)が標的となるDNA配列を認識し、切断酵素であるCas9がその場所をピンポイントで切断した後、細胞が持つ自然な修復機構を利用して遺伝子を改変するプロセスで、次の四つのステップから成り立つ。

2.4.1. ガイドRNAgRNA)とドナーDNAの設計

  • 標的の選定: 編集したい目的の遺伝子配列(約20塩基)を特定する。
  • PAM配列の確認: 標的の直後にCas9が認識するために必要な「PAM配列(SpCas9の場合はNGG)」が存在することを確認する。
  • gRNAの作製: 標的配列にぴったり結合する相補的なRNAを設計・合成する。この作製には化学的プロセスも確立されており、この業務を請け負う企業もある。
  • ドナーDNAの準備: 新しい遺伝子を挿入(ノックイン)する場合は、再生・挿入したい遺伝子配列(ドナーDNA)をあらかじめ準備して作成しておく。この作製を担う企業もある。

2.4.2 複合体の細胞内への導入

  • 人工複合体の形成: 合成したgRNAと切断酵素であるCas9タンパク質を結合させ、複合体(RNP)を作る。
  • 細胞への注入: エレクトロポレーション(電気穿孔法)や顕微注入(マイクロインジェクション)、ウイルスベクターなどを用いて、この複合体(ノックインの場合はドナーDNAも同時)を対象の細胞内へ導入する。

2.4.3. 標的DNAの認識と切断

  • ゲノムの探索: 細胞内に入った複合体は、gRNAの案内によってゲノムDNA上から一致する標的配列を探し出す。
  • 二本鎖DNAの切断: gRNAが標的配列に結合すると、Cas9がハサミの役割を果たし、DNAの二本鎖を正確に切断(DSB)する。

2.4.4. 細胞によるDNA修復(遺伝子の改変)
切断されたDNAは、細胞が本来持っている以下のいずれかの修復機構によって直される過程で配列が書き換わる。

  • ホモロジー指向修復(HDR/ ノックイン(ドナーDNAを利用する場合):
    • 導入時にあらかじめ「理想の設計図(ドナーDNAテンプレート)」を同時に高濃度で入れておく方法だ。
    • 細胞がそのテンプレートを参考にしながら正確に修復するため、任意の新しい遺伝子配列を組み込む(ノックイン)ことができる。
  • 非相同末端結合(NHEJ/ ノックアウト(ドナーDNAを利用しない場合):
    • 切断された末端をそのまま繋ぎ合わせる修復方法だ。
    • 修復の際に塩基の挿入や欠損のエラーが起こりやすく、遺伝子の機能が破壊(ノックアウト)される。

2.4.5まとめ
CRISPR-Cas9
によるゲノム編集は、「gRNAの設計 細胞への導入 Cas9による標的DNAの切断 細胞自体の修復エラー(またはテンプレートに沿った修復)による配列改変」という一連の流れで完了する。

 3.感想と所感

最初読み始めたときは、その前に読んだSFジイムズ・P・ホーガンの「創世記機械」を想起させる物語のごとき印象をもった「創世記機械」は物理学上の発見をテーマとしたSFであるが、これは、生化学、生物学上の発見の実話であり、その現在進行形の応用の可能性と見通し、希望と危惧の物語である。この本の核心的な部分は、生第二章と第三章であるが、化学と生物学の基礎知識の乏しい私には、極めて難しく、何度読み返しても良くわからなかった。しかし、その発見と開発の物語はエキサイティングであり胸躍るものがあることだけは伝わってきた。当初その書き手については、ほとんど関心が無かったが、ノーベル賞関連のWebサイトで、受賞の二人が美しい女性科学者であることに驚いた。しかも訳者と解説者までが女性である。詩的プロローグで始まるこの本は、まさしく女性時代を象徴するような本であるが、そこに一切の胡散臭さがないのは、彼女等が本物の科学者であり、現代の人類の知性を代表していると感じさせるからである。

 遺伝子編集技術がSFのテーマとなった話は、既に小冊子「SFに連なる未来」の中で取り上げたTJバスの「神鯨」で取り上げたが、この話は、今から数千年後の未来の話であった。日本のSFでは、安部公房の「水中都市・テンドロカリヤ」があるが、これは、ハードSFではなくある種の幻想小説であり、遺伝子編集問題を正面から扱ったものではない。「神鯨」は1974年に出版されているので、今から50年以上も前の作品である。しかし、この作品以降あまり本格的に遺伝子編集技術を扱ったSFに出会ったことがない。これは、AIを題材としたSFに比べて圧倒的に少ない。これは多分生化学の現状に対する情報が圧倒的に少ないためであろう。しかし、SF世界が沈黙を続ける陰で現実の科学・技術は確実に加速度的に進化し続けている。この影響が突如として我々の目の前に姿を現す日は決して遠くはない。この本のエピローグの中で著者は「遺伝子編集技術が人類と地球を根底から揺るがすような影響をおよぼそうとしている今・・・私たちは、今新しい時代の戸口に立っている」と述べているが、その声は、まだ限られた人の耳にしか届いていない。

 今の我々は、人類が生物的に変化しないことを前提として考えており、AIも生体としての人間または、人類の外部からの問題として考えられている。しかし、生物としての人間または人類には、自らを改変すべきか否かというもう一つの大きな問が目の前にある。地球環境が極端に変化した場合、人類には自らの生体を改変して生き延びる必要があるかもしれない。熱い大気環境を避けて水中生物化した人間を扱った安部公房の「水中都市・テンドロカリヤ」あるいは、放射能耐性を獲得した人類が、宇宙旅行したり、磁気圏がない火星環境で別生物として生き延びる物語が現実が出現する時代がやってくる可能性もある。いずれにせよ、遺伝子編集技術は、人類の未来に新たな可能性を切り開くものの一つであることは確かであろう。()

2026年7月24日金曜日

創生記機械(The GENESIS MACHINE)-ユーレカ(Eureka)の復活―私とSF物語ー

 1.はじめに

Eureka (レーカ)とは、古代ギリシャ語で「私は見つけた」「分かったぞ」という意味を持つ感嘆詞だ。

科学的なファクトと予言的なビィジヨンが混じり合った魅力的なロマンス」、これをサイエンティフィクション(SF)となづけたのは、ルクセンブルク系アメリカ人の発明家、作家、編集者、雑誌発行者で今もヒューゴー賞に名前を残すヒューゴー・ガンズバックであった。

アーサー・クラークが1951年に発表した短編小説『前哨(原題:The Sentinel)をベースに2001年宇宙への旅を書いて映画化したのは、1968年のことだった。

そして今20267月、あれから60年近くなる。この間、月着陸は現実のこととなり、インターネットにみられる通信技術の発展があり1990424日ハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられ、2021年にはその後継機のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が打ち上げられ、素粒子物理学の標準モデルが完成したが、量子重力理論はいまだ未完成のままである。しかし、AI革命は一般の人の予測を超えて進行中であり、量子コンピュータの開発も進みつつあり、夢の核融合も実現間近になりつつある。

こんな時代にSFはもはやはやらないのでは、そんな気になっていた時中国のSF作家

劉慈欣が「三体」と云うSFを発表して話題になったので4冊もの長編であったが、思わず

最後まで読んでしまった。しかし。その読後感は、すがすがしいものではなかった。その理由は、ヒユーゴーの云う魅力的なロマンがなかったためである。もう面白いSFには出会わないかもしれない。そう思いはじめたとき、古書展で出会ったのが、この本であった。

「創世記機械:ジェイムズ・P・ホーガン:山高昭:創元SF文庫:1981年初版、199115版」

 まず、表紙に魅かれた。そして著者がジェイムズ・P・ホーガンと確認するや迷わず

購入を決めた。そして読んだ期待通り面白かった。以下はその紹介である。

2.ジェイムズ・P・ホーガンと私

著者のジェイムズ・P・ホーガン(1941-2010年)はイギリス出身のSF作家だ。電子工学技術者やコンピュータの営業職を経て、1977年に『星を継ぐもの』でデビュー。以後、厳密な科学知識と論理的な謎解きを融合させたハードSFの巨匠として知られている。その作品の一つである。「未来の二つの顔」は、10年ほど前、今日話題となっているAIと人間の対立と和解を描いた作品で私に大きな感動をもたらした。この内容については、私が75歳を記念して発行した小冊子「SFに連なる未来」でも取り上げた。今回、改めて彼の主要作品を眺めてみると次のようになる。

 1977年:星を継ぐもの(Inherit the Stars

1978年:ガニメデの優しい巨人(The Gentle Giants of Ganymede

1978年:創世紀機械(The Genesis Machine

1979年:未来の二つの顔(The Two Faces of Tomorrow

1980年:未来からのホットライン(Thrice Upon a Time

1981年:巨人たちの星(Giants' Star

 1982年:断絶への航海(Voyage of Discovery

1983年:揺籃の星(Code of the Maker

1984年:プロテウスの操作(The Proteus Operation

1991年:内なる宇宙(Entoverse

2005年:ミネルヴァ計画(Mission to Minerva

2005年:造物主の選択(The Multiplex Man / 日本語訳は東京創元社より)

こうして眺めてみて僕は、彼の初期の作品4冊をすべて読んだことになり、創世紀機械(The Genesis Machine)はその最後の一冊であると初めて気づいた。

3. 創世紀機械(The Genesis Machine)の内容

 統一場理論を解き明かした若き天才科学者と、それを軍事利用しようとする国家との対立を描き、星雲賞を受賞した作品だ。作中の統一場理論では、私たちの世界を高次元空間の一部として捉える設定が登場する。我々の住む4次元宇宙と高次元宇宙の関係が精緻に語られ、その過程で重力の発生の仕組みや我々の住む宇宙と高次元宇宙関係が示されその技術的応用への展望が語られる。物語は、研究組織の官僚主義や国家権力の政治的圧力に立ち向かう真面目な研究者達の連携がやがて世界を核戦争の破壊から救う究極の兵器の開発と誕生につながり、世界の軍拡競争を終結させる。

現代物理学の最先端である「超弦理論(超ひも理論)」では、宇宙は10次元とされており、我々がいる世界は、10次元宇宙に漂う4次元の影(ホログラム)のようなものと考えられているが1970年代後半の時点で、この次元の概念を取り込んでいることは驚異的だ。

量子重力理論がいまだに完成していない現在、これが完成したあかつきにどんなことが可能になるかを予感させるワクワク感が止まらない。この中でもう一つ驚かされる技術が「生体用相互作用コンピュータ」と言われる機械で、これは人間の脳波その他五感情報をコンピュータに伝えると同時にもコンピュータの情報を直接人間の脳等に伝達する双方向のコミュニケーションツール(BIAC)と云う今でも実現しそうな機械が登場することである。 

また、高次元空間はアインシュタインの相対性原理の影響を受けないので、この空間を利用すれば、瞬時の宇宙旅行が実現する。物語のエピローグで
、ある家族が、シリウス・ケンタリアス系の惑星ミランダへの移住のため、高次空間を飛行するフリップス駆動の宇宙船で、8.7光年を瞬時に移動する話で幕が閉じる。

読後の感想

 究極兵器の開発が核戦争無き世界を実現する。これは、米ソ冷戦時代を経験した我々世代の少年時代の夢であったが、何故か今日でも通用しそうなロマンあふれる夢である。

おもえば、私が科学にあこがれ、理学部を目指した背景には、中学3年から高校時代、おふくろが受験勉強のため、近くの一人暮らしの老婆の住む家の一間を借りてくれ、一人部屋暮らしを始めた。その頃、たまたま夕食に戻っていた時、テレビでウエールズのSFをベースにした「来るべき未来の物語」という映画をみたことと関係している。それは、科学者が、最新科学の力で野蛮な戦争を終息させ、人類の新しい時代をもたらす物語であった。米ソの冷戦下で、核戦争の脅威と人類絶滅の予感が世界を覆っていた時代、それは私にとって素晴らしい希望の物語であった。それは、その当時の青春ドラマ石原慎太郎の「青年の樹」と共に、私の青春の夢の一部になった。

2001年宇宙への旅を描いたアーサー・クラーク(19172008)はジェイムズ・P・ホーガン(1941-2010年)の2年前に、最後の作品「最終定理」を残してこの世を去った。クラーク、ホーガン二人の巨匠が去ったSF界にまだ、新星は現れていない。当分はこの二人が人類に希望の光を投げかけるしかない。その彼らの晩年の作品を私はまだ読んでいない。楽しみはまだ、残っている、そんなことに気ずかされた1冊であった。()

2026年7月13日月曜日

経済学とグローバリズムの現在(改訂)

             目次

1.      はじめに

2.      経済学と歴史

3.      経済学は科学か

4.    二冊の本の感想

「ケインズ:伊東光晴:講談社文庫」

「グローバル経済を学ぶ:野口旭:筑摩新書」

5.    経済学の現状とグローバル経済の今後

5.1経済学の現状と今後

5.2グローバリズムと今後の世界

6.    おわりに


1.はじめに



古書展で、思わず手に取ったのが、次の二冊である。                 「ケインズ:伊東光晴:講談社学術文庫:株式会社講談社:199312月第1刷、200510月第9「グローバル経済を学ぶ:野口旭:ちくま新書筑摩書房:20075月第1刷」何故、この二冊の本が私に語りかけてきたのか。その分けには、心当たりがあった。それは、経済学という学問に対する私の距離感が関係している。我々の大学時代つまり安保闘争の後の高揚期は、マルクス経済学全盛の時代であり、近代経済学は、俗物の学でしかなかった。しかし、そうは言っても、その分野から目をつぶるわけにはゆかず、分厚い「サムエルソンの経済学」を手に取ったのは、大学卒業後の社会人としての第一歩を踏み出した頃であり、その時、購入した本が次のものであった。「サムエルソン 経済学」: サムエルソン:都留重人訳[原書第7]:岩波書店:19685月第1刷、19691月第3しかし、この570頁もの本は、その序文さえ、もまともに目を通すことなく60年を経過してしまった。従って、ついに経済学そのものをまともに学ぶことなく人生の終末期まで、来てしまった。そんな時、出会った2冊の本を手掛かりに「経済学とグローバリズムの現在」について、考え方を整理し、まとめ、冷戦終結以後形成された戦後国際体制の崩壊とAI革命に沸騰する世界の未来を展望する参考にしようと試みた。経済学それ自身を本格的に学ばなかった私にとって、今更数百ページもの多数の書物に目を通し、その上でこの三冊の本の評価と感想を書くには、もう時間が残されていないと思った。このため、基本的知識は、グーグルのAIジェミニに求め、論考の過程で生じた疑問や課題についてAIとの対話と議論を積み重ねた。その結果は、A4用紙にして50頁にも及んだ。それらを体系的にまとめれば、容易に一冊の本になるような分量である。しかし私の関心は、個々の経済学理論を詳細に述べることにあるのではないので、このブログでは、大幅に省略し、体系的なものは、もっと時間をかけ、自分のホームぺージに掲載することにした。しかし、一つの学問分野をおおざっぱにでも俯瞰することは、容易なことではなく、結局このブログもAIとの対話を中心とした歴史と背景と二冊の本の紹介と評価をまとめることにする。

2.経済学と歴史(AIとの対話記録)

近代経済学は、アダム・スミスからその誕生と発展の物語を展開することになる。

アダム・スミスから始まる近代経済学の歴史は、その自由放任主義の確立から、その持つ矛盾を根本的に解決すると称するマルクス経済学と社会主義理論、そして市場の失敗を補正するケインズ経済学、そしてその限界を乗り越えるミクロ的基礎を重視するマネタリズムの新古典派の勃興と社会主義経済の崩壊、マネタリズムの限界を象徴するリーマンシックを経てその後現代の行動経済学やのMMT理論へと発展した。以下では、 その成立の背景も含めてその歴史と現状の系譜への展開をざっと眺めることから初めてみよう。

2.1 絶対王政下の経済学

アダム・スミス以前の経済学は、16世紀から18世紀にかけての絶対王政期に主流だった「重商主義」だった。これは国家の富を金や銀などの貴金属の蓄積と捉え、政府が保護貿易や産業統制によって輸出を奨励し、国富を増やそうとした国家主導の経済政策だった。この重商主義は、貿易の黒字によって外国から「金や銀(貨幣)」を獲得することを富と考え国内の製造業を保護し、輸出を促進しつつ贅沢品の輸入を制限する「保護関税政策」を徹底した。さらに「一国の利益は他国の損失の上に成り立つ」という考え方に基づき、植民地支配、奴隷貿易、そして未開発地域からの苛烈な富の略奪を理論的に正当化するし、植民地の獲得や他国との激しい貿易競争を展開した。しかし、18世紀後半、イギリスで産業革命が起きると、圧倒的な生産力の向上と、それによって生まれた新興資本家(経営者層)の台頭により、国家が貿易をガチガチに管理する仕組みが、成長を続ける経済の邪魔になったことで、自由貿易への転換が起きる要因となった。こうしてアダム・スミスが登場することになる、

2.2古典派経済学の誕生(18世紀末)
アダム・スミス
(1723 - 1790)『国富論』 において、国の富は、金銀財宝ではなく、労働による生産物であり、労働を富の源泉とし、利己心つまり、個人の利益追求が、結果的にが「見えざる手」 によって市場で調和すると説かれました。その後、デヴィッド・リカードDavid Ricardo, 1772–1823)らにより現在の国際分業理論の基礎となる比較生産費説などが提唱され、自由貿易と市場の自動調整機能が支持された。

2.3.マルクス経済学の登場(19世紀)
カール・マルクス(ドイツ語: Karl Marx、英語: Karl Marx FRSA 1818 - 1883)が資本主義の矛盾や搾取の構造を分析し、社会主義・共産主義への移行を説いた。彼は、古典派の労働価値説を継承・発展させながら、資本主義の崩壊と歴史的発展段階を唯物史観で捉えた。

2.4新古典派経済学の確立(19世紀末〜20世紀初頭)

ドイツのカール・メンガー(1840-1921)等により、モノを消費したときに得られる「主観的な満足度(効用)」を基準にモノの価値や価格が決まるとする限界効用理論が導入され、経済学は数学的・科学的アプローチへと向かった。需要と供給のバランスによる価格決定メカニズムが体系化され、消費者や生産者と云った個々の経済主体のミクロ行動や意思決定を分析し、サービスの価格と量がどのように決まるかを解明するミクロ経済学の基礎が築かれたo

2.5 ロシア革命と社会主義経済圏の成立

第一次世界大戦(19141918)末期の1918年、ロシア革命が勃発し、レーニン等による社会主義政権が誕生し、ロシアが資本主義経済圏から離脱し、マルクス主義経済論に基づく社会主義経済圏が誕生した。

2.6ケインズ経済学の台頭(20世紀中頃)

世界恐慌を背景に、ジョン・ケインズ(英: John Maynard Keynes,1883 - 1946がマクロ経済学を創設した。市場の自動調整に任せるのではなく、政府による財政出動や金融政策などの「大きな政府」の介入が有効であると主張された。

2.7新自由主義とマネタリズム(20世紀後半)

ケインズ主義は、需要不足には有効であったが1970年代のスタグフレーション(不況とインフレの併存)には、対応できず、これを機に、アメリカのミルトン・フリードマン(1912-2006)等が提唱する「経済全体の動向や物価の変動は、市場に出回の貨幣(マネー)の量によって決まり、中央銀行が、通貨供給量を適切に管理することが最良の経済政策である」とするマネタリズムが台頭し、再び市場の自由競争と小さな政府 が見直された。

2.8社会主義経済理論の破綻(20世紀後半)

社会主義の経済理論は、「資本主義の行き詰まり」を解消する理想的なシステムとして登場した。しかし、20世紀にソビエト連邦(ソ連)などで実際に運用された結果、生産手段や土地等の国有化は、結果的に少数の権力者の独裁的所有と異ならず、官僚組織の腐敗・硬直化をもたらす等理論と現実の間に致命的な乖離(かいり)が生じ、1991年のソ連崩壊とともに破綻を迎えた。

2.9マネタリズムの限界とリーマンショック

 マネタリズムは、1987年の世界的金融危機、ブラックマンテーを短期間で乗り越えたが、2008年のリーマンショックで、その危機を脱出するためケインズ的手法に頼らざるを得なかった。この反省を経て現在の経済学へとつながる。

10リーマンショック以後の経済学の動向

2008年のリーマンショックは、「市場は常に正しい」「金融危機は起きない」と過信していた主流派経済学(新古典派・マクロ経済学)に猛省を迫りました。以降の現代経済学は、主に以下の4つの潮流へと変化しています。

    . 人間は、人間は「常に合理的」ではないという前提に立つナラティブ経済学など心理学を融合し、非合理な投資行動やパニックの仕組みを解明する行動経済学の展開

    従来の理論モデルに「金融セクターの機能マヒ(信用収縮)」の変数を組み込み

中央銀行による「量的緩和(QE)」や「マイナス金利」など、実務が先行した政策の正当性を後追いで理論化など金融・マクロ経済学の再構築

    数式(理論)の美しさよりも、現実のビッグデータ分析を重視。2021年のノーベル経済学賞(自然実験の手法)に代表される因果推論の普及等数理モデルから「データ・実証」へのシフト

    テータ分析に物理学の方法論を適用する経済物理学の発展

   MMTModern Monetary Theory:現代貨幣理論)への注目

①~④のこうした主流派の混迷と、リーマンショック後の「低金利・低インフレ・財政赤字拡大」の環境下で、2010年代後半から急速に注目を集めたのが亜ケインズ主義ともいえる革新的なマクロ経済学の理論であるMMTModern Monetary Theory:現代貨幣理論)だ。 主流派経済学とMMTは、目下論争の只中にある。

3.経済学は科学か

3.1 経済学の定義

近代経済学を俗物の学問としか見ていなかった私が今回改めて考えたのは、経済学とは何でどんな学問かと云うことである。しかし、現在の経済学者の多くは、経済学を社会の富の効率的な生産と分配を研究する学問ととらえているようで、ここには、生態系の一部としての人間との視点と複雑な心理を持つ人間への洞察と関心が薄いように思われる。

これに対する私の答えは、経済学を生態系の一部をなす複雑な精神活動を営む生物である人間を扱う学問として「経済学とは、人間の生存活動を研究する学問である」と考えるべきではないかというものである。

3.2経済学と科学

経済学が科学であるか否かについては、難しいが、AIによる回答は、次のようなものであった。「自然科学(物理学など)と同じ意味での科学ではないが、社会科学としては高度に科学的な手法を用いている」「科学と言える側面(肯定論)と、科学とは言えない側面(否定論)があり、結論的には、次のように考えられる。                                             現代経済学は、物理学のような「予測やコントロールが完璧にできる自然科学」ではない。しかし、複雑で不確実な人間社会を、感情論ではなく「論理とデータを使って、できる限り客観的に分析しようとする社会科学」であることは間違いない。ただ、気象学が、複雑系である気候を扱うので、予測が難しいように、経済学も、精神世界を持つ複雑な人間活動というもっと複雑な現象を扱うので、その予測は、気象学以上に難しいとみるべきであろう。しかし、予測は難しいものの気象学と同様、経済学もまた、社会現象の仕組みを解き明かすための学問のひとつであることは確かである。

 

 4.二冊の本の感想

1) 「ケインズ:伊東光晴:講談社学術文庫」について

今回取り上げたうちの一冊「ケインズ」は、非常に良くできた本であると感じたので。その概要と構成を紹介するとともに、現代経済学を理解する上での主要ポイントとその感想をまとめてみた。

(1)本書の概要


もともと、この本は、197080年代に講談社から全80

の思想・哲学のシリーズとして刊行された人類の知的遺

産』の第70巻目として1983年に発刊された「ケインズ」

1993に文庫本化したものである。その内容は、文庫

に際して一部変更出版されたものである。  


(2)著者達と本の構成

著者は、伊東光晴となっているが、実際の執筆は、伊東光

晴を含めて4人の研究者と1人の編集者によるものである。本の構成は、次のようになって

いる。                           

目次

まえがき(1983,)

学術文庫版への序

.現代経済思想としてのケインズ

1.      ケインズの問題意識とその形成

2.      若き日のケインズ哲学


.ケインズの生涯 (水田洋)        

1.      幼・少年時代            

2.      大学時代

3.      第一次世界大戦

4.      「一般理論」とその後

.ケインズの理論―「雇用・利子および貨幣の一般理論」

1.     
一般理論とはどうゆう意味か       

2.      古典派経済学の二つの公準

3.      有効需要の原理

4.      第四章と第六章について

5.      第三編の「消費性向」について

6.     
ケインズの投資決定理論     
  

7.      「一般理論」の体系の要約

.ケインズと現代

1.      国際通貨制度とケインズ(浅野栄一)

2.    ポスト・ケイジアンにおけるケインズの継承と発展(青木竜彦)

3.      ケインズ批判の波の中で

文献案内(講談社編集者朝倉光男)

年表(講談社編集者朝倉光男)

索引(巻末)

(3) ケインズ思想の核心と現代性

ケインズの経済理論は、第一次世界大戦後、1920年代のイギリスの経済不況からの脱却策

を探る過程で生み出されたもので、その印象的な特徴を次のように感じた。                                   

①三つの社会階級区分の導入

彼は、資本主義社会の分析に利害関係の異なる投資家階級、企業家階級、労働者階級の三つの階級区分を導入し、それ以前の資本家と労働者のという区分だけでは捉えられない金融の動きを捉えるようにした。                 

②アダム・スミスの功利主義的視点への批判

彼は、個々人の利益追求の行動が必ずしも社会全体の利益とはならない。全体は、個々の単なる集合ではないと云うミクロとマクロの関係を明確にし、個人の利益追求が社会全体の利益になるというアダム・スミスの思想の持つ問題点を明確にした。                                       

③経済学への自然科学的手法適用への批判

 経済学は、不確実性のある将来に対する期待と不安を持つ人間の生存活動を扱うものであり、自然科学のような確かな物質や法則を基礎とするものとは異なるモラルサイエンスであり、自然科学とは、異なる性格の学問である。つまり、人間は、利益追求し効率を求める合理的存在であるといった単純モデルには、限界があると指摘し続けた。

 従来から経済学には、その根底ある人間観が軽薄ではないかと思っていた私にとっては、このケインズの思想は以外であり、新鮮であった。実際、その後のマネタリズムやリーマンショックなどは、人間のこうした不確定な動きが、浅薄な人間観に基づく複雑で高度な数学に基づく予測を裏切ってきたように思われる。

2) 「グローバル経済を学ぶ:野口旭:ちくま新書筑摩書房」について

(1)本書の概要


この本の表紙にこの本の目的が次ついて次のようにまとめられている。「本書の目的は、グローバリゼーションをめぐる言説のそれぞれが、実際にはどの程度まで正しいのか、あるいは正しくないのか、経済学の観点から確認してみることです。・・・歴史上の経済的な災難の多くは、経済学的に誤った「通年」に導かれた誤った経済政策の結果にほかならなかったからです」

(2) 著者と本書の構成

①著者の概要と経歴(Wikipedia)

[概要]野口 旭(のぐち あさひ、1958 - )は、日本の経済学者。日本銀行政策委員会審議委員。専修大学経済学部教授。専門はマクロ経済、経済政策、国際金融。 日本のデフレーション脱却を果たすために、インフレターゲットの設定を主張していた

[経歴]北海道生まれ。1976年神奈川県立横須賀高等学校卒業。1982年東京大学経済学部卒業。1988年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。同年専修大学経済学部講師。助教授を経て、教授。2003-2004年イェール大学国際地域研究センター研究員。2021年博士取得(経済学・中央大学)。

202141日、日本銀行政策委員会審議委員に就任。

②本書の構成

  目次

 まえがき

 第1章グローバル経済の虚像と実像

   1.グローバル経済を学ぶ意味

   2.グローバリゼーションの光と影

   3.「グローバル資本主義の危機」は本当か

 第2章貿易は何のためにあるか

   1.国際競争主義は、なぜダメなのか

   2.比較優位の考え方

   3.貿易についての誤解を解く

 第3章国際分業のグローバルな展開とその変貌

   1.変貌する国際分業構造

   2.国際貿易体制の過去と現在

 第4章貿易黒字と赤字の正しい考え方

   1.国際収支の見方

   2.貿易不均衡はなぜ4おこりうるか

   3.貿易黒字・赤字の誤解を解く

 第5章「グローバル資本主義」の真実

   1.国際通貨制度の過去と現実

   2.国際通貨制度の行方む

 おわりにーグローバリゼーシヨン再編

(3)内容と感想

 「グローバル経済の拡大に取り残されつつあると言いわれ続けてきた我が国の経済もようやく復調の兆しを見せ始めた。私たちは、改めてグローバル化する市場の現実を冷静に見つめなければならない貿易、経常収支、為替レートなどの問題は、経済を理解する上での必須の基本事項である。本書では、正しい国際経済学の見方を、グローバル経済の現実に即して解説する。」まさにこの本の裏表紙に書かれた内容そのままの本であった。この本は、リカードによって確立された「比較生産費説(比較優位論)」による自由貿易理論に基づく国際貿易論を説明しており、現代経済学の基本的な考え方を丁寧に説明した分かりやすい入門書であった。その意味で、現在の主流派経済学基本的考えがよく理解できた。それにもかかわらず、そこに、ある種の違和感を覚えた。その違和感の正体とは、それがリカードの確立した比較生産費説に基づく生産効率至上主義的貿易論であったためである。経済生産を経済効率のみの観点から取り上げる現在の経済学に対する私の疑問は残ったままであった。

5.経済学の現状とグローバル経済の今後

5.1経済学の現状と今後

経済学の現状を考える出発点は2008年のリーマンショックとの関連を整理することから始める。

1)    経済学はなぜリーマンショックを予測できなかったのか

現代経済学がリーマンショック(2008年)を予測できなかった最大の理由は、当時の主流派経済学が「市場は常に合理的で、自己調節機能によって破綻しない」という完璧すぎる数理モデルを盲信していたからだ。この歴史的失敗の背景には、経済学のモデルが抱えていた「4つの致命的な盲点」があるいわれている。

①「合理的経済人」という非現実的な前提

当時のマクロ経済学の主流モデル(DSGEモデルなど)は、すべての市場参加者が「将来のリスクを正しく計算し、常に最も合理的な行動をとる」と仮定していた。
しかし現実の人間は、バブルに踊らされ、他人の行動に同調し、パニックを起こします。経済学の数式は、人間の「群集心理」や「非合理な過信」を計算に入れていなかった。

.金融部門(銀行や証券会社)の「無視」

驚くべきことに、当時の多くのマクロ経済モデルにおいて、「金融システム(銀行の存在)」は省略されるか、ただのパイプ役として軽視されていた。
市場が効率的であれば、お金の貸し借りはスムーズに行われるはずだと考えられていたため、銀行が過剰なレバレッジ(借金)を抱えて連鎖倒産し、市場全体がフリーズする(流動性の枯渇)という最悪のシナリオがモデルから抜け落ちていた。

③ リスク計算モデルの欠陥(ファットテールの見落とし)

ウォール街の金融機関や経済学者は、サブプライムローンを組み込んだ複雑な金融商品のリスクを「正規分布(めったに極端なことは起きない)」に基づいて計算していた。
「全米の住宅価格が同時に暴落する確率」は天文学的に低いと弾き出されていましたが、実際には金融物理学が指摘するように、大暴落は確率の計算(ベルカーブ)よりも遥かに高い頻度で発生する「ファットテール(べき分布)」の性質を持っていた。

④ 学界の「現状維持バイアス」と権威主義

1990年代から2000年代半ばまで、世界経済は「大安定期(グレート・モデレーション)」と呼ばれる、低インフレと持続的成長の時代を迎えていた。
経済学者たちは「自分たちの理論が正しいから経済が安定しているのだ」と自負し、バブルの崩壊を警告する少数派の意見(ロバート・シラー教授やヌリエル・ルービニ教授など)を「科学的根拠がない」として無視・軽視する傾向があった。

2). リーマンショックを数年前に見事に的中させていた数少ない経済学者達と共通点

リーマンショックを数年前に見事に的中させていた数少ない経済学者たち(ヌリエル・ルービニ、ロバート・シラー、ラグラム・ラジャンなど)の共通点は、当時の主流派経済学の「美しい数式」に依存せず、人間の心理や金融の現場という「歪んだ現実」を直視していた点にある。彼らが共通して持っていたアプローチや視点には、以下の4つの大きな特徴がある。                                    

①主流派の「市場は常に正しい」というドグマ(教義)を疑った

当時、多くの経済学者は「市場は効率的であり、価格は常に正しい情報を反映している」という理論(効率的市場仮説)を盲信していた。しかし、的中させた学者たちはこの前提を疑った。                   

  • ロバート・シラー教授:人間の心理がもたらす「非合理な熱狂」に着目し、住宅価格が過去のトレンドからあまりにも逸脱して高騰しているデータを示し、バブルであると断言した。
  • ヌリエル・ルービニ教授:当時の「アメリカ経済は永遠に成長を続ける」という楽観論に対し、借金(債務)によるレバレッジが限界に達していることを数式ではなく「歴史的なマクロデータの歪み」から見抜いていた。

② 金融業界の「複雑な現場(実務)」を深く理解していた

当時の主流派マクロ経済学は、銀行や金融商品を「ただのお金の仲介役」としてモデルから省略していた。しかし、危機を予言した人々は金融の現場の危険な変化に気付いていた。

  • ラグラム・ラジャン教授(元IMFチーフエコノミスト):2005年の時点で、金融機関が「複雑な金融派生商品(デリバティブ)」を開発し、一見リスクを分散しているように見せて、実は「システム全体に巨大なリスクを隠蔽し、溜め込んでいる」と論文で警告した。
  • 彼らは数式上の数字ではなく、投資銀行やヘッジファンドがどのようなインセンティブ(ボーナス欲しさの過剰なリスクテイク)で動いているかという「生々しいインセンティブ構造」に注目していた。

. ③歴史から学ぶ「普遍的な危機パターン」を重視した

彼らは「今回のバブルは過去とは違う(ハイテクや新しい金融工学があるから崩壊しない)」という、いわゆる「今回は違う(This time is different)」という言い訳に騙されなかった。

  • 経済学者のカーメン・ラインハートケネス・ロゴフ(後に『国家は破綻する』を出版)らの研究にも共通するように、危機を予測した人々は、過去数百年の世界中の金融危機の歴史をインプットしていた。
  • 過剰な債務(借金)」「不動産価格の急騰」「金融緩和による過剰な流動性」が揃ったときは、歴史上どの時代、どの国であっても必ず悲劇的な結末を迎えるという歴史の教訓をストレートに信じていた。

④学界の同調圧力に屈しない「アウトサイダー精神」

当時、バブルを警告することは、経済学界やウォール街から「悲観論者」「空気が読めない古い人間」として冷遇されることを意味していました。実際、ルービニ教授は「ドクター・ドゥーム(破滅博士)」と嘲笑され、ラジャン教授2005年に警告を発した際は、当時の重鎮たち(サマーズ元財務長官など)から「誤った悲観論だ」と激しく批判された。それでも自らのデータと分析を信じ、学界の「現状維持バイアス(同調圧力)」に屈しなかった強い批判的精神と独立性が、彼らの最大の共通点と言えます。

まとめ

リーマンショックを予測できた学者たちは、「経済を動かしているのは完璧な数式ではなく、欲や恐怖に駆られる生身の人間であり、崩壊の歴史は必ず繰り返す」という、極めて泥臭く現実的な視点を持っていたという点で共通している。

 3).リーマンショックが変えた「これからの経済学」

この大失敗を経て、現代経済学は猛省し、以下のように大きく舵を切っている。

  • マクロ経済学に「金融セクター」を組み込む
    銀行の倒産や金融ネットワークの崩壊リスクを、最初からモデルに組み込む研究が必須となった。
  • 行動経済学の台頭
    人間が非合理的であること(損失回避バイアスなど)を前提とした、現実的なモデルが主流派にも採用され始めている。
  • 複雑系・ネットワーク理論(経済物理学)の導入
    どこの銀行が倒れると、どのルートで世界に危機が連鎖するかをシミュレーションする手法が、中央銀行などで重視されるようになった。

5.2現在の状況と経済学の課題

現代の経済学では、情報非対称性や外部不経済を扱う「情報の経済学」や、心理学的要素を取り入れた「行動経済学」が発展した。また、マクロ経済学では合理的期待形成学派などが主流となり、理論の精緻化が進んでいる。

一方近年の経済学は、データサイエンスやAIの活用、環境問題、経済格差の是正など、複雑化する社会課題への対応が求められており。理論だけでなく、実験や現実のデータ(実証分析)を重視する実学としての役割がより強まっている。

現代経済で経済学が直面する課題群を整理すると次のようになろう

     貨幣の量」を定義できなくなった
金融自由化やIT化、クレジットカード、電子マネーの普及により、何が「貨幣(お金)」なのかの境界線が曖昧になりました。これにより、マネタリズムの前提である「通貨供給量を正確に測定する」ことが不可能になった。

     通貨量と物価の因果関係が崩壊した
1980
年代以降、中央銀行が通貨の供給量をコントロールしようとしても、物価や経済成長率と連動しなくなった。この現象は「貨幣の流通速度(速度)の不安定化」と呼ばれ、理論の前提が崩れる原因となっている。

     中央銀行による通貨量の直接制御が困難になった。
中央銀行がお札をいくら刷っても、民間銀行が企業や個人に貸し出さなければ、世の中に出回る通貨量(マネーストック)は増えない。バブル崩壊後の日本やリーマンショック後の世界がまさにこの状態(流動性の罠)に陥り、マネタリズムの限界が露呈した。

     技術の急伸と社会システムの急激な変化への対応                  コロナ下で、急速に変化したディジタル化の流れ、コロナの終息と共に始まったAI革命とそれに伴う社会変化に経済学が対応できるか               

     経済成長への哲学的課題                             経済成長のもたらした気候変動や文化的摩擦などグローバリズムのもたらした現代文明への経済学の機能と役割とは何か等     

5.3グローバリズムと今後の世界(AIへの問いかけと回答)

AIへの問いかけ:「トランプ政権の誕生や中国の習近平の体制の確立、ロシアのウクライナ戦争など世界の分断でグローバリル経済は、破綻しているように見えます。グローバリズムの今後と世界の将来にどのような見通しが考えられますか。」

AIからの回答;「グローバリズムは破綻したのではなく、「経済効率の最大化」から「国家安全保障と強靭性を優先する枠組み」へと根本的に再編されている。今後は「ブロック化」「多極化」を前提とした新しい国際秩序が定着していく見通しです。世界経済とグローバリズムの将来には、主に以下の3つの見通しが考えられる。  

1.) サプライチェーンの「デリスキング(リスク軽減)」と分断の常態化

これまでのような単一の巨大なグローバル市場から、価値観や利害を共有する同盟国・同志国でサプライチェーンを囲い込む「フレンドショアリング」へと移行が進んでいます。中国やロシアなど権威主義陣営と、アメリカを中心とする西側陣営との間で経済的な分離(デカップリング)が進展しつつも、実際には中立国を経由した迂回ルートも並行して存在し、経済活動はより複雑な形へ変化しています。

2.) 多極化と「グローバルサウス」の台頭

アメリカや中国の二大国に従属しない、インド、ASEAN、中東、中南米などの新興国・途上国(グローバルサウス)が地政学的・経済的に重要な役割を果たすようになっています。これらの国々は、特定の陣営に完全につくのではなく、自国の利益を最大化するために双方と柔軟に取引する「マルチアライアンス」戦略をとっており、世界経済の多極化を決定づけています。

3). 国家主導の「経済安全保障」の強化とコストの上昇

安全保障、半導体やAIなどの先端技術、重要鉱物、食料などを国家の管理下に置く動きが加速しています。国境の壁をできるだけ低くする時代は終わり、各国政府が巨額の補助金や関税措置を用いて国内産業の保護や育成(産業政策)を進めています。これにより、企業の調達コストは上昇し、インフレ圧力が中長期的に定着しやすい構造へと変化しています。

このように、世界の将来は「グローバリズムの完全な消滅」ではなく、経済合理性よりも地政学的リスクを最優先する「管理された相互依存の時代(スローバリゼーション)」へと移行していくと考えられています。」

 このAIによる回答は、現在の経済学に基づくよくできた回答である。しかし、グローバリズムの破綻ではなく、再編というのは、言葉の綾で、それこそがグローバリズムの終焉と私が云っていた事態に他ならない。しかもそこには、人間の生存形態と文明の在り方といった未来文明論的観点が欠落しているように思われるが、それはまた別の機会に考えてみることにする

6. おわりに

「ケインズ:伊東光晴:講談社文庫」と「グローバル経済を学ぶ:野口旭:筑摩新書」の2冊の本との出会いをきっかけに、従来忘れ、無視してきた経済とグローバリズムの現状について、AIとの対話を通じて考えをまとめることができた。そして改めて経済問題の根本は、人間とは何かの問いかけにつながっており、その土台に絶えず目を向けることなしに経済学は、真の学問たりえないとつくづく思った。()