目次
1.
はじめに
2.
経済学と歴史
3.
経済学は科学か
4.
二冊の本の感想
「ケインズ:伊東光晴:講談社文庫」
「グローバル経済を学ぶ:野口旭:筑摩新書」
5.
経済学の現状とグローバル経済の今後
5.1経済学の現状と今後
5.2グローバリズムと今後の世界
6.
おわりに
1.はじめに
古書展で、思わず手に取ったのが、次の二冊である。
「ケインズ:伊東光晴:講談社学術文庫:株式会社講談社:1993年12月第1刷、2005年10月第9刷」「グローバル経済を学ぶ:野口旭:ちくま新書筑摩書房:2007年5月第1刷」何故、この二冊の本が私に語りかけてきたのか。その分けには、心当たりがあった。それは、経済学という学問に対する私の距離感が関係している。我々の大学時代つまり安保闘争の後の高揚期は、マルクス経済学全盛の時代であり、近代経済学は、俗物の学でしかなかった。しかし、そうは言っても、その分野から目をつぶるわけにはゆかず、分厚い「サムエルソンの経済学」を手に取ったのは、大学卒業後の社会人としての第一歩を踏み出した頃であり、その時、購入した本が次のものであった。「サムエルソン 経済学」: サムエルソン:都留重人訳[原書第7版]:岩波書店:1968年5月第1刷、1969年1月第3刷しかし、この
570頁もの本は、その序文さえ、もまともに目を通すことなく
60年を経過してしまった。従って、ついに経済学そのものをまともに学ぶことなく人生の終末期まで、来てしまった。そんな時、出会った
2冊の本を手掛かりに「経済学とグローバリズムの現在」について、考え方を整理し、まとめ、冷戦終結以後形成された戦後国際体制の崩壊と
AI革命に沸騰する世界の未来を展望する参考にしようと試みた。
経済学それ自身を本格的に学ばなかった私にとって、今更数百ページもの多数の書物に目を通し、その上でこの三冊の本の評価と感想を書くには、もう時間が残されていないと思った。このため、基本的知識は、グーグルのAIジェミニに求め、論考の過程で生じた疑問や課題についてAIとの対話と議論を積み重ねた。その結果は、A4用紙にして50頁にも及んだ。それらを体系的にまとめれば、容易に一冊の本になるような分量である。しかし私の関心は、個々の経済学理論を詳細に述べることにあるのではないので、このブログでは、大幅に省略し、体系的なものは、もっと時間をかけ、自分のホームぺージに掲載することにした。しかし、一つの学問分野をおおざっぱにでも俯瞰することは、容易なことではなく、結局このブログもAIとの対話を中心とした歴史と背景と二冊の本の紹介と評価をまとめることにする。2.経済学と歴史(AIとの対話記録)
近代経済学は、アダム・スミスからその誕生と発展の物語を展開することになる。
アダム・スミスから始まる近代経済学の歴史は、その自由放任主義の確立から、その持つ矛盾を根本的に解決すると称するマルクス経済学と社会主義理論、そして市場の失敗を補正するケインズ経済学、そしてその限界を乗り越えるミクロ的基礎を重視するマネタリズムの新古典派の勃興と社会主義経済の崩壊、マネタリズムの限界を象徴するリーマンシックを経てその後現代の行動経済学やのMMT理論へと発展した。以下では、 その成立の背景も含めてその歴史と現状の系譜への展開をざっと眺めることから初めてみよう。
2.1 絶対王政下の経済学
アダム・スミス以前の経済学は、16世紀から18世紀にかけての絶対王政期に主流だった「重商主義」だった。これは国家の富を金や銀などの貴金属の蓄積と捉え、政府が保護貿易や産業統制によって輸出を奨励し、国富を増やそうとした国家主導の経済政策だった。この重商主義は、貿易の黒字によって外国から「金や銀(貨幣)」を獲得することを富と考え国内の製造業を保護し、輸出を促進しつつ贅沢品の輸入を制限する「保護関税政策」を徹底した。さらに「一国の利益は他国の損失の上に成り立つ」という考え方に基づき、植民地支配、奴隷貿易、そして未開発地域からの苛烈な富の略奪を理論的に正当化するし、植民地の獲得や他国との激しい貿易競争を展開した。しかし、18世紀後半、イギリスで産業革命が起きると、圧倒的な生産力の向上と、それによって生まれた新興資本家(経営者層)の台頭により、国家が貿易をガチガチに管理する仕組みが、成長を続ける経済の邪魔になったことで、自由貿易への転換が起きる要因となった。こうしてアダム・スミスが登場することになる、
2.2古典派経済学の誕生(18世紀末)
アダム・スミス(1723 - 1790)『国富論』 において、国の富は、金銀財宝ではなく、労働による生産物であり、労働を富の源泉とし、利己心つまり、個人の利益追求が、結果的にが「見えざる手」
によって市場で調和すると説かれました。その後、デヴィッド・リカード(David Ricardo,
1772–1823)らにより現在の国際分業理論の基礎となる比較生産費説などが提唱され、自由貿易と市場の自動調整機能が支持された。
2.3.マルクス経済学の登場(19世紀)
カール・マルクス(ドイツ語: Karl Marx、英語:
Karl Marx FRSA 1818年 - 1883年)が資本主義の矛盾や搾取の構造を分析し、社会主義・共産主義への移行を説いた。彼は、古典派の労働価値説を継承・発展させながら、資本主義の崩壊と歴史的発展段階を唯物史観で捉えた。
2.4新古典派経済学の確立(19世紀末〜20世紀初頭)
ドイツのカール・メンガー(1840-1921)等により、モノを消費したときに得られる「主観的な満足度(効用)」を基準にモノの価値や価格が決まるとする限界効用理論が導入され、経済学は数学的・科学的アプローチへと向かった。需要と供給のバランスによる価格決定メカニズムが体系化され、消費者や生産者と云った個々の経済主体のミクロ行動や意思決定を分析し、サービスの価格と量がどのように決まるかを解明するミクロ経済学の基礎が築かれたo
2.5 ロシア革命と社会主義経済圏の成立
第一次世界大戦(1914~1918年)末期の1918年、ロシア革命が勃発し、レーニン等による社会主義政権が誕生し、ロシアが資本主義経済圏から離脱し、マルクス主義経済論に基づく社会主義経済圏が誕生した。
2.6ケインズ経済学の台頭(20世紀中頃)
世界恐慌を背景に、ジョン・ケインズ(英: John Maynard Keynes,1883年 - 1946)がマクロ経済学を創設した。市場の自動調整に任せるのではなく、政府による財政出動や金融政策などの「大きな政府」の介入が有効であると主張された。
2.7新自由主義とマネタリズム(20世紀後半)
ケインズ主義は、需要不足には有効であったが1970年代のスタグフレーション(不況とインフレの併存)には、対応できず、これを機に、アメリカのミルトン・フリードマン(1912-2006)等が提唱する「経済全体の動向や物価の変動は、市場に出回の貨幣(マネー)の量によって決まり、中央銀行が、通貨供給量を適切に管理することが最良の経済政策である」とするマネタリズムが台頭し、再び市場の自由競争と小さな政府
が見直された。
2.8社会主義経済理論の破綻(20世紀後半)
社会主義の経済理論は、「資本主義の行き詰まり」を解消する理想的なシステムとして登場した。しかし、20世紀にソビエト連邦(ソ連)などで実際に運用された結果、生産手段や土地等の国有化は、結果的に少数の権力者の独裁的所有と異ならず、官僚組織の腐敗・硬直化をもたらす等理論と現実の間に致命的な乖離(かいり)が生じ、1991年のソ連崩壊とともに破綻を迎えた。
2.9マネタリズムの限界とリーマンショック
マネタリズムは、1987年の世界的金融危機、ブラックマンテーを短期間で乗り越えたが、2008年のリーマンショックで、その危機を脱出するためケインズ的手法に頼らざるを得なかった。この反省を経て現在の経済学へとつながる。
10リーマンショック以後の経済学の動向
2008年のリーマンショックは、「市場は常に正しい」「金融危機は起きない」と過信していた主流派経済学(新古典派・マクロ経済学)に猛省を迫りました。以降の現代経済学は、主に以下の4つの潮流へと変化しています。
①
. 人間は、人間は「常に合理的」ではないという前提に立つナラティブ経済学など心理学を融合し、非合理な投資行動やパニックの仕組みを解明する行動経済学の展開
②
従来の理論モデルに「金融セクターの機能マヒ(信用収縮)」の変数を組み込み
中央銀行による「量的緩和(QE)」や「マイナス金利」など、実務が先行した政策の正当性を後追いで理論化など金融・マクロ経済学の再構築
③
数式(理論)の美しさよりも、現実のビッグデータ分析を重視。2021年のノーベル経済学賞(自然実験の手法)に代表される因果推論の普及等数理モデルから「データ・実証」へのシフト
④
テータ分析に物理学の方法論を適用する経済物理学の発展
⑤ MMT(Modern
Monetary Theory:現代貨幣理論)への注目
①~④のこうした主流派の混迷と、リーマンショック後の「低金利・低インフレ・財政赤字拡大」の環境下で、2010年代後半から急速に注目を集めたのが亜ケインズ主義ともいえる革新的なマクロ経済学の理論であるMMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)だ。 主流派経済学とMMTは、目下論争の只中にある。
3.経済学は科学か
3.1 経済学の定義
近代経済学を俗物の学問としか見ていなかった私が今回改めて考えたのは、経済学とは何でどんな学問かと云うことである。しかし、現在の経済学者の多くは、経済学を社会の富の効率的な生産と分配を研究する学問ととらえているようで、ここには、生態系の一部としての人間との視点と複雑な心理を持つ人間への洞察と関心が薄いように思われる。
これに対する私の答えは、経済学を生態系の一部をなす複雑な精神活動を営む生物である人間を扱う学問として「経済学とは、人間の生存活動を研究する学問である」と考えるべきではないかというものである。
3.2経済学と科学
経済学が科学であるか否かについては、難しいが、AIによる回答は、次のようなものであった。「自然科学(物理学など)と同じ意味での科学ではないが、社会科学としては高度に科学的な手法を用いている」「科学と言える側面(肯定論)と、科学とは言えない側面(否定論)があり、結論的には、次のように考えられる。 現代経済学は、物理学のような「予測やコントロールが完璧にできる自然科学」ではない。しかし、複雑で不確実な人間社会を、感情論ではなく「論理とデータを使って、できる限り客観的に分析しようとする社会科学」であることは間違いない。ただ、気象学が、複雑系である気候を扱うので、予測が難しいように、経済学も、精神世界を持つ複雑な人間活動というもっと複雑な現象を扱うので、その予測は、気象学以上に難しいとみるべきであろう。しかし、予測は難しいものの気象学と同様、経済学もまた、社会現象の仕組みを解き明かすための学問のひとつであることは確かである。
4.二冊の本の感想
1) 「ケインズ:伊東光晴:講談社学術文庫」について
今回取り上げたうちの一冊「ケインズ」は、非常に良くできた本であると感じたので。その概要と構成を紹介するとともに、現代経済学を理解する上での主要ポイントとその感想をまとめてみた。
(1)本書の概要
もともと、この本は、1970〜80年代に講談社から全80巻
の思想・哲学のシリーズとして刊行された人類の知的遺
産』の第70巻目として1983年に発刊された「ケインズ」
を1993年に文庫本化したものである。その内容は、文庫
本に際して一部変更出版されたものである。
(2)著者達と本の構成
著者は、伊東光晴となっているが、実際の執筆は、伊東光
晴を含めて4人の研究者と1人の編集者によるものである。本の構成は、次のようになって
いる。
目次
まえがき(1983,年)
学術文庫版への序
Ⅰ
.現代経済思想としてのケインズ
1.
ケインズの問題意識とその形成
2.
若き日のケインズ哲学
Ⅱ.ケインズの生涯 (水田洋)
1.
幼・少年時代
2.
大学時代
3.
第一次世界大戦
4.
「一般理論」とその後
Ⅲ.ケインズの理論―「雇用・利子および貨幣の一般理論」
1.
一般理論とはどうゆう意味か
2.
古典派経済学の二つの公準
3.
有効需要の原理
4.
第四章と第六章について
5.
第三編の「消費性向」について
6.
ケインズの投資決定理論
7.
「一般理論」の体系の要約
Ⅳ.ケインズと現代
1.
国際通貨制度とケインズ
(浅野栄一)
2.
ポスト・ケイジアンにおけるケインズの継承と発展(青木竜彦)
3.
ケインズ批判の波の中で
文献案内(講談社編集者朝倉光男)
年表(講談社編集者朝倉光男)
索引(巻末)
(3) ケインズ思想の核心と現代性
ケインズの経済理論は、第一次世界大戦後、1920年代のイギリスの経済不況からの脱却策
を探る過程で生み出されたもので、その印象的な特徴を次のように感じた。
①三つの社会階級区分の導入
彼は、資本主義社会の分析に利害関係の異なる投資家階級、企業家階級、労働者階級の三つの階級区分を導入し、それ以前の資本家と労働者のという区分だけでは捉えられない金融の動きを捉えるようにした。
②アダム・スミスの功利主義的視点への批判
彼は、個々人の利益追求の行動が必ずしも社会全体の利益とはならない。全体は、個々の単なる集合ではないと云うミクロとマクロの関係を明確にし、個人の利益追求が社会全体の利益になるというアダム・スミスの思想の持つ問題点を明確にした。
③経済学への自然科学的手法適用への批判
経済学は、不確実性のある将来に対する期待と不安を持つ人間の生存活動を扱うものであり、自然科学のような確かな物質や法則を基礎とするものとは異なるモラルサイエンスであり、自然科学とは、異なる性格の学問である。つまり、人間は、利益追求し効率を求める合理的存在であるといった単純モデルには、限界があると指摘し続けた。
従来から経済学には、その根底ある人間観が軽薄ではないかと思っていた私にとっては、このケインズの思想は以外であり、新鮮であった。実際、その後のマネタリズムやリーマンショックなどは、人間のこうした不確定な動きが、浅薄な人間観に基づく複雑で高度な数学に基づく予測を裏切ってきたように思われる。
2) 「グローバル経済を学ぶ:野口旭:ちくま新書筑摩書房」について
(1)本書の概要
この本の表紙にこの本の目的が次ついて次のようにまとめられている。「本書の目的は、グローバリゼーションをめぐる言説のそれぞれが、実際にはどの程度まで正しいのか、あるいは正しくないのか、経済学の観点から確認してみることです。・・・歴史上の経済的な災難の多くは、経済学的に誤った「通年」に導かれた誤った経済政策の結果にほかならなかったからです」
(2) 著者と本書の構成
①著者の概要と経歴(Wikipedia)
[概要]野口 旭(のぐち あさひ、1958年 - )は、日本の経済学者。日本銀行政策委員会審議委員。専修大学経済学部教授。専門はマクロ経済、経済政策、国際金融。 日本のデフレーション脱却を果たすために、インフレターゲットの設定を主張していた。
[経歴]北海道生まれ。1976年神奈川県立横須賀高等学校卒業。1982年東京大学経済学部卒業。1988年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。同年専修大学経済学部講師。助教授を経て、教授。2003年-2004年イェール大学国際地域研究センター研究員。2021年博士取得(経済学・中央大学)。
2021年4月1日、日本銀行政策委員会審議委員に就任。
②本書の構成
目次
まえがき
第1章グローバル経済の虚像と実像
1.グローバル経済を学ぶ意味
2.グローバリゼーションの光と影
3.「グローバル資本主義の危機」は本当か
第2章貿易は何のためにあるか
1.国際競争主義は、なぜダメなのか
2.比較優位の考え方
3.貿易についての誤解を解く
第3章国際分業のグローバルな展開とその変貌
1.変貌する国際分業構造
2.国際貿易体制の過去と現在
第4章貿易黒字と赤字の正しい考え方
1.国際収支の見方
2.貿易不均衡はなぜ4おこりうるか
3.貿易黒字・赤字の誤解を解く
第5章「グローバル資本主義」の真実
1.国際通貨制度の過去と現実
2.国際通貨制度の行方む
おわりにーグローバリゼーシヨン再編
(3)内容と感想
「グローバル経済の拡大に取り残されつつあると言いわれ続けてきた我が国の経済もようやく復調の兆しを見せ始めた。私たちは、改めてグローバル化する市場の現実を冷静に見つめなければならない。貿易、経常収支、為替レートなどの問題は、経済を理解する上での必須の基本事項である。本書では、正しい国際経済学の見方を、グローバル経済の現実に即して解説する。」まさにこの本の裏表紙に書かれた内容そのままの本であった。この本は、リカードによって確立された「比較生産費説(比較優位論)」による自由貿易理論に基づく国際貿易論を説明しており、現代経済学の基本的な考え方を丁寧に説明した分かりやすい入門書であった。その意味で、現在の主流派経済学基本的考えがよく理解できた。それにもかかわらず、そこに、ある種の違和感を覚えた。その違和感の正体とは、それがリカードの確立した比較生産費説に基づく生産効率至上主義的貿易論であったためである。経済生産を経済効率のみの観点から取り上げる現在の経済学に対する私の疑問は残ったままであった。
5.経済学の現状とグローバル経済の今後
5.1経済学の現状と今後
経済学の現状を考える出発点は2008年のリーマンショックとの関連を整理することから始める。
1)
経済学はなぜリーマンショックを予測できなかったのか
現代経済学がリーマンショック(2008年)を予測できなかった最大の理由は、当時の主流派経済学が「市場は常に合理的で、自己調節機能によって破綻しない」という完璧すぎる数理モデルを盲信していたからだ。この歴史的失敗の背景には、経済学のモデルが抱えていた「4つの致命的な盲点」があるいわれている。
①「合理的経済人」という非現実的な前提
当時のマクロ経済学の主流モデル(DSGEモデルなど)は、すべての市場参加者が「将来のリスクを正しく計算し、常に最も合理的な行動をとる」と仮定していた。
しかし現実の人間は、バブルに踊らされ、他人の行動に同調し、パニックを起こします。経済学の数式は、人間の「群集心理」や「非合理な過信」を計算に入れていなかった。
②.金融部門(銀行や証券会社)の「無視」
驚くべきことに、当時の多くのマクロ経済モデルにおいて、「金融システム(銀行の存在)」は省略されるか、ただのパイプ役として軽視されていた。
市場が効率的であれば、お金の貸し借りはスムーズに行われるはずだと考えられていたため、銀行が過剰なレバレッジ(借金)を抱えて連鎖倒産し、市場全体がフリーズする(流動性の枯渇)という最悪のシナリオがモデルから抜け落ちていた。
③ リスク計算モデルの欠陥(ファットテールの見落とし)
ウォール街の金融機関や経済学者は、サブプライムローンを組み込んだ複雑な金融商品のリスクを「正規分布(めったに極端なことは起きない)」に基づいて計算していた。
「全米の住宅価格が同時に暴落する確率」は天文学的に低いと弾き出されていましたが、実際には金融物理学が指摘するように、大暴落は確率の計算(ベルカーブ)よりも遥かに高い頻度で発生する「ファットテール(べき分布)」の性質を持っていた。
④ 学界の「現状維持バイアス」と権威主義
1990年代から2000年代半ばまで、世界経済は「大安定期(グレート・モデレーション)」と呼ばれる、低インフレと持続的成長の時代を迎えていた。
経済学者たちは「自分たちの理論が正しいから経済が安定しているのだ」と自負し、バブルの崩壊を警告する少数派の意見(ロバート・シラー教授やヌリエル・ルービニ教授など)を「科学的根拠がない」として無視・軽視する傾向があった。
2). リーマンショックを数年前に見事に的中させていた数少ない経済学者達と共通点
リーマンショックを数年前に見事に的中させていた数少ない経済学者たち(ヌリエル・ルービニ、ロバート・シラー、ラグラム・ラジャンなど)の共通点は、当時の主流派経済学の「美しい数式」に依存せず、人間の心理や金融の現場という「歪んだ現実」を直視していた点にある。彼らが共通して持っていたアプローチや視点には、以下の4つの大きな特徴がある。
①主流派の「市場は常に正しい」というドグマ(教義)を疑った
当時、多くの経済学者は「市場は効率的であり、価格は常に正しい情報を反映している」という理論(効率的市場仮説)を盲信していた。しかし、的中させた学者たちはこの前提を疑った。
- ロバート・シラー教授:人間の心理がもたらす「非合理な熱狂」に着目し、住宅価格が過去のトレンドからあまりにも逸脱して高騰しているデータを示し、バブルであると断言した。
- ヌリエル・ルービニ教授:当時の「アメリカ経済は永遠に成長を続ける」という楽観論に対し、借金(債務)によるレバレッジが限界に達していることを数式ではなく「歴史的なマクロデータの歪み」から見抜いていた。
② 金融業界の「複雑な現場(実務)」を深く理解していた
当時の主流派マクロ経済学は、銀行や金融商品を「ただのお金の仲介役」としてモデルから省略していた。しかし、危機を予言した人々は金融の現場の危険な変化に気付いていた。
- ラグラム・ラジャン教授(元IMFチーフエコノミスト):2005年の時点で、金融機関が「複雑な金融派生商品(デリバティブ)」を開発し、一見リスクを分散しているように見せて、実は「システム全体に巨大なリスクを隠蔽し、溜め込んでいる」と論文で警告した。
- 彼らは数式上の数字ではなく、投資銀行やヘッジファンドがどのようなインセンティブ(ボーナス欲しさの過剰なリスクテイク)で動いているかという「生々しいインセンティブ構造」に注目していた。
. ③歴史から学ぶ「普遍的な危機パターン」を重視した
彼らは「今回のバブルは過去とは違う(ハイテクや新しい金融工学があるから崩壊しない)」という、いわゆる「今回は違う(This time is different)」という言い訳に騙されなかった。
- 経済学者のカーメン・ラインハートやケネス・ロゴフ(後に『国家は破綻する』を出版)らの研究にも共通するように、危機を予測した人々は、過去数百年の世界中の金融危機の歴史をインプットしていた。
- 「過剰な債務(借金)」「不動産価格の急騰」「金融緩和による過剰な流動性」が揃ったときは、歴史上どの時代、どの国であっても必ず悲劇的な結末を迎えるという歴史の教訓をストレートに信じていた。
④学界の同調圧力に屈しない「アウトサイダー精神」
当時、バブルを警告することは、経済学界やウォール街から「悲観論者」「空気が読めない古い人間」として冷遇されることを意味していました。実際、ルービニ教授は「ドクター・ドゥーム(破滅博士)」と嘲笑され、ラジャン教授が2005年に警告を発した際は、当時の重鎮たち(サマーズ元財務長官など)から「誤った悲観論だ」と激しく批判された。それでも自らのデータと分析を信じ、学界の「現状維持バイアス(同調圧力)」に屈しなかった強い批判的精神と独立性が、彼らの最大の共通点と言えます。
まとめ
リーマンショックを予測できた学者たちは、「経済を動かしているのは完璧な数式ではなく、欲や恐怖に駆られる生身の人間であり、崩壊の歴史は必ず繰り返す」という、極めて泥臭く現実的な視点を持っていたという点で共通している。
3).リーマンショックが変えた「これからの経済学」
この大失敗を経て、現代経済学は猛省し、以下のように大きく舵を切っている。
- マクロ経済学に「金融セクター」を組み込む
銀行の倒産や金融ネットワークの崩壊リスクを、最初からモデルに組み込む研究が必須となった。
- 行動経済学の台頭
人間が非合理的であること(損失回避バイアスなど)を前提とした、現実的なモデルが主流派にも採用され始めている。
- 複雑系・ネットワーク理論(経済物理学)の導入
どこの銀行が倒れると、どのルートで世界に危機が連鎖するかをシミュレーションする手法が、中央銀行などで重視されるようになった。
5.2現在の状況と経済学の課題
現代の経済学では、情報非対称性や外部不経済を扱う「情報の経済学」や、心理学的要素を取り入れた「行動経済学」が発展した。また、マクロ経済学では合理的期待形成学派などが主流となり、理論の精緻化が進んでいる。
一方近年の経済学は、データサイエンスやAIの活用、環境問題、経済格差の是正など、複雑化する社会課題への対応が求められており。理論だけでなく、実験や現実のデータ(実証分析)を重視する実学としての役割がより強まっている。
現代経済で経済学が直面する課題群を整理すると次のようになろう
①
貨幣の量」を定義できなくなった
金融自由化やIT化、クレジットカード、電子マネーの普及により、何が「貨幣(お金)」なのかの境界線が曖昧になりました。これにより、マネタリズムの前提である「通貨供給量を正確に測定する」ことが不可能になった。
②
通貨量と物価の因果関係が崩壊した
1980年代以降、中央銀行が通貨の供給量をコントロールしようとしても、物価や経済成長率と連動しなくなった。この現象は「貨幣の流通速度(速度)の不安定化」と呼ばれ、理論の前提が崩れる原因となっている。
③
中央銀行による通貨量の直接制御が困難になった。
中央銀行がお札をいくら刷っても、民間銀行が企業や個人に貸し出さなければ、世の中に出回る通貨量(マネーストック)は増えない。バブル崩壊後の日本やリーマンショック後の世界がまさにこの状態(流動性の罠)に陥り、マネタリズムの限界が露呈した。
④
技術の急伸と社会システムの急激な変化への対応 コロナ下で、急速に変化したディジタル化の流れ、コロナの終息と共に始まったAI革命とそれに伴う社会変化に経済学が対応できるか
⑤
経済成長への哲学的課題 経済成長のもたらした気候変動や文化的摩擦などグローバリズムのもたらした現代文明への経済学の機能と役割とは何か等
5.3グローバリズムと今後の世界(AIへの問いかけと回答)
AIへの問いかけ:「トランプ政権の誕生や中国の習近平の体制の確立、ロシアのウクライナ戦争など世界の分断でグローバリル経済は、破綻しているように見えます。グローバリズムの今後と世界の将来にどのような見通しが考えられますか。」
AIからの回答;「グローバリズムは破綻したのではなく、「経済効率の最大化」から「国家安全保障と強靭性を優先する枠組み」へと根本的に再編されている。今後は「ブロック化」「多極化」を前提とした新しい国際秩序が定着していく見通しです。世界経済とグローバリズムの将来には、主に以下の3つの見通しが考えられる。
1.) サプライチェーンの「デリスキング(リスク軽減)」と分断の常態化
これまでのような単一の巨大なグローバル市場から、価値観や利害を共有する同盟国・同志国でサプライチェーンを囲い込む「フレンドショアリング」へと移行が進んでいます。中国やロシアなど権威主義陣営と、アメリカを中心とする西側陣営との間で経済的な分離(デカップリング)が進展しつつも、実際には中立国を経由した迂回ルートも並行して存在し、経済活動はより複雑な形へ変化しています。
2.) 多極化と「グローバルサウス」の台頭
アメリカや中国の二大国に従属しない、インド、ASEAN、中東、中南米などの新興国・途上国(グローバルサウス)が地政学的・経済的に重要な役割を果たすようになっています。これらの国々は、特定の陣営に完全につくのではなく、自国の利益を最大化するために双方と柔軟に取引する「マルチアライアンス」戦略をとっており、世界経済の多極化を決定づけています。
3). 国家主導の「経済安全保障」の強化とコストの上昇
安全保障、半導体やAIなどの先端技術、重要鉱物、食料などを国家の管理下に置く動きが加速しています。国境の壁をできるだけ低くする時代は終わり、各国政府が巨額の補助金や関税措置を用いて国内産業の保護や育成(産業政策)を進めています。これにより、企業の調達コストは上昇し、インフレ圧力が中長期的に定着しやすい構造へと変化しています。
このように、世界の将来は「グローバリズムの完全な消滅」ではなく、経済合理性よりも地政学的リスクを最優先する「管理された相互依存の時代(スローバリゼーション)」へと移行していくと考えられています。」
このAIによる回答は、現在の経済学に基づくよくできた回答である。しかし、グローバリズムの破綻ではなく、再編というのは、言葉の綾で、それこそがグローバリズムの終焉と私が云っていた事態に他ならない。しかもそこには、人間の生存形態と文明の在り方といった未来文明論的観点が欠落しているように思われるが、それはまた別の機会に考えてみることにする
6. おわりに
「ケインズ:伊東光晴:講談社文庫」と「グローバル経済を学ぶ:野口旭:筑摩新書」の2冊の本との出会いをきっかけに、従来忘れ、無視してきた経済とグローバリズムの現状について、AIとの対話を通じて考えをまとめることができた。そして改めて経済問題の根本は、人間とは何かの問いかけにつながっており、その土台に絶えず目を向けることなしに経済学は、真の学問たりえないとつくづく思った。(了)