2024年9月2日月曜日

4つの作品が示す人類の可能性と未来ーSFに連なる未来

 

 本稿の内容

1.はじめに

2.二つの未来・・・人工知能と人間

3.賢者の石・・・・超人類への道

4.神鯨・・・・バイオテクノロジーと人類

5.タイムシップ・・・時間航行船と文明論

6.おわりに


1.はじめに

科学・技術の発展に伴い、文明や人間はどのように変ってゆくのだろうか?この問いを今まで問い続けてきたのは、SFの世界であった。

今までのSFで一番多いのは、人間は、そのままで、科学・技術や活躍の舞台のみを変化させる作品群で、スターウォーズの如くスペースオペラと称されるものである。その反対のものは、社会や技術変化のウエイトを少なくし、人間そのものを変化させるいわゆる超人類または、ミュータントの誕生もので、アンドロイドやサイボーグ等の人工又は合成人間の誕生もこの部類に属する。猿の惑星等もこの一変種と考えられよう。新人類の誕生には、突然変異という、従来の進化論を踏襲したものが多かったが、脳科学と宗教を関連させたもの、生物科学を応用した人体改造等様々なものがある。

アメリカの古典的SFスタートレックは、宇宙船で銀河系を探検して、様々な異星人と文明に出会う物語であるが、その原型は、ギリシャ神話であり、その世界は以外と人間的である。ギリシャ神話に匹敵させてよいかどうか迷うが中国の封神演義には、様々なSF的神が登場するが、時間を自由に、移動する話はでてこない。時間ものが数多く登場するようになるのは、当然ながらアインシュタインの相対性理論誕生以後のことである。このことを考慮すると相対論が出てくる前1895年にイギリスの小説家HG・ウェルズが『タイム・マシン』(The Time Machine)を発表したことが、どんなに画期的なことかが知られる。

最近の傾向としては、AIによる人工知能をもつロボットや人間の脳のソフトをそのまま、ロボットにインストールする、人間の脳をコンピュータと接続する話など、なんらかの形で、脳を機械システムと連結させる話もある。「アンドロイドは、電子羊の夢をみるか」や[ガラスの塔]等では、生身の人間と人造人間の見分け方や人造人間に人権はあるのかなどの問題が論じられている。

SFのもう一つの大きな分野は、いわゆる破局もので、これには、異星人の襲来や惑星衝突、気候変動による文明の崩壊とその後を描いたものや科学・技術の応用の失敗が人類に壊滅的な影響を与えるも等があり、これには核戦争による文明の崩壊や新型ウィルスの人類への影響を描いたものがあり、「バイオハザード」や「猿の惑星」等もそれらの一つである。

ここては、この数年間に読んだSFの内、人間の在り方や可能性、その発展方向に焦点を当てた印象的な作品とそれへの感想まとめて人類の可能性と未来を、すなわち人間とはなにかを、宇宙論的視野で考えることにする。

2.未来の二つの顔(The Two Faces of Tomorrow)・・・人口知能と人間

1975年の1年程前から人工知能に興味を抱いてその開発の現状を調べいたが、問題意識を持っていると思わぬことが起こるものである。古書展で偶然出会ったのがジェイムズ・パトリック・ホーガン(James Patrick Hogan:JP・ホーガン:英国ロンドン生: 1941 -~2010) の「未来の二つの顔」で僕は、これを一冊100円で購入した。JP・ホーガンは、数年前劇画された「星を継ぐ者」「ガニメデの優しい巨人」等の作品で有名なSF作家である。私が入手したのは、創元文庫出版の1983年初版の1985年の山高昭訳第5刷版であった。


「未来の二つの顔」は、人工知能の問題をテーマとして1979年に発表された作品であるので何かの参考になると思わず購入した。古本であるが、驚くことにこの作品は、最近広く話題になってきた人工知能(AI)の問題を的確に取り扱っている作品でその先見性に舌をまいた。この作品は、今から37年前にそれから約50年後の2028年の世界を想定して書かれており、我々は、彼が問題にした課題が極めて現実味をもって迫ってきている時代に生きていることになる。このSFでのテーマは、「人工知能は、自らの意思を持つのか、人間に敵対するのか」であり、その問題意識があまりにリアリティを持つ背景には、かれが当時MITの人工知能研究班主任のマービン・ミンスキー教授の助力と助言を受けたことにあるようなのである。これは、この本の冒頭に謝辞が捧げられていることからもわかる。

物語は、人工知能が、人類に敵対するか否かを検証するために、地球周回軌道上に設置された宇宙植民地(ヤヌス)に生存意思を持つ最先端の人工知能(スバルタカス)を搭載し、人間が作為的にこの宇宙植民地の破壊工作を行った場合、人工知能はどう反応するのかを検証するプロジェクトの立案から結果を扱った話であった。ここには、人工知能の開発責任者、宇宙植民地の管理責任者、人工知能に対決するための5000人の部隊を統括する将軍等が登場する。

物語は、当初人間の破壊工作に消極的に対応していたAIがやがて、防御能力を向上させ、人間の攻撃部隊を壊滅状態に陥れる。追い詰められた人間が、最期に機械の心臓部を破壊しようとする時、突如としてAIが、自分が破壊されても構わないと人間への攻撃を中止する。AIが単なる機械的反応から自意識を持ち他者の存在を意識するように進化し、人間との共存の道を探りあてたためであった。

この古本には、前の持ち主の購入と感想が書き込まれていた。前の持ち主がこの本を購入した動機「Prof 上田に刺激されて 10/x 85」と最初のページにあり、最後のページに「10/x~13/x 85  4日間で一気に読了」とあり、その感想が以下のように記されていた。「P300以降のスリル感はexcited 一気に読まされる。前半は、伏線、前提知識の提供。SFとはものすごい知的創造物です。単なる娯楽と云えばそれまでですが・・・。読後感はさわやか大満足でした。」今読んでみるとSFとは未来洞察の知的娯楽物のように思える。人工知能を考える場合の基礎知識としたい一冊と云える。

参考までに宇宙植民地ヤヌスの概要を示す。

外形 直径300mの円形チューブを直径2400mの車輪状に回した車軸を持つコマのような円環構造物で、車軸とチューブは、6本のポークスで結びつけられている。その車軸部分の中央に直径300mの球体が取り付けられており。そこにこの球体を貫通して直径100mの車軸が車輪とは垂直方向に、2000m近く飛び出していて、これにも二つの同様な球体が取り付けられている。

メイン動力源:太陽光発電 サブ動力源:レーザー核融合炉

回転速度.82/min収容人員 最大10000人、人工知能 スパルタカス搭載、

自動修復システムと修復ロボットドローン搭載

ヤヌスは、三個目の宇宙植民地であり、その基本資源は、月から輸送されることが想定されている。宇宙植民地は当初太陽光発電所としてマイクロ波で、電気を地上に送る施設として計画された(イカロス計画)

3.The Philosopher,s  Stone     (賢者の石)・・・超人類への道

コリン・ウイルソン

「若き科学の徒レスターは、死と永世の問題を探求するうち、大脳生理学の研究に着手し。ついに前頭前部葉の秘密を解明した。そこは人間の意識を無限に拡大し、過去をも透視する機能を持ち、パラドックスを伴わない真の゛時間旅行゛を可能にする」本の裏表紙のこんな言葉に魅かれて書店で購入した本は、20192841版のものであるが、初版は中村保男訳1971618日発行の創元推理文庫の中の一冊であった。


人間の意識拡大をテーマとしたこの本は、半分まではどこがSFかわからないような哲学的な話が主体であり、前半の中心は価値体験というある種意識の覚醒現象をめぐる話である。これは、釈迦の悟りやパウロの回心や空海の室戸岬の洞窟での神秘体験に見られる人間意識の変貌体験の内容が何であるかの話で、この体験が、人間の視野の拡大をどのようにもたらすかが語られる。この価値体験による意識の拡大が時間旅行に結びつくために、世界の在り方が問題となり、全ての出来事は、時空連続体として立体構造を持ち、意識の拡大は、その立体構造を把握するが故に、任意の断面を透視することができる。これが時間旅行のからくりである。

価値体験すなわち神秘体験は、極めて宗教的なテーマであるが、これをニューマン合金という物理的な金属が、脳の前頭前部葉の細胞に影響を与えることで発現するという脳科学と結びつけるところに独創性がある。時間ヴィジョンと称される時間旅行により、ストーンサークルやアトランティス大陸等の古代文明論やシェクスピアとロジャーベーコン同一人物説やマヤ文明論、さらにその背後に想定される古代超文明とそれをもたらした知的存在へと物語が広がってゆく。

著者のコリン・ウイルソン(1931626日~2013125)は、イングランドの中心部の歴史ある街レスターに生まれる。典型的な労働者階級の出であり、経済的事情から16歳でやむなく学校を去っている。さまざまな仕事に就きながら空いた時間に執筆を続ける。1956年、24歳の時、様々な文学人・文化人について「実存主義的な危機」という観点から論じた評論『アウトサイダー』を発表。これが大きな反響を呼び、作家としての地位を確立した。その経歴から見て、独学で広い範囲の知識はもっているが、自然科学的な基礎知識を身に着ける機会には、あまり恵まれなかったかと推察されるが、その分哲学や宗教、歴史については造詣が深そうである。アメリカ合衆国の小説家で怪奇小説・幻想小説の先駆者の一人ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(英Howard Phillips Lovecraft1890820 - 1937315日)の影響を受けたと云われる。

人間の脳については、近年脳科学の発達により、その機能や働きについての科学的解明が進みつつあり、禅もマインドウエルネス等の言葉でその意識に新たな光が充てられようとしている。人類は、過去数千年間に亘って、禅、ヨーガ、瞑想等による意識の覚醒現象に着目した実践活動を続けてきた。この努力の先に、超人類の誕生を夢見ることも不可能とは言えないだろう。

 

4.神鯨・・・・バイオテクノロジーと人類

今世紀に入ってからの急激な科学・技術の発展が、過去のSFの多くの前提やテーマを陳腐化させつつある中で、かたどおりのテーマや物語では、満足できなくなってきた。しかし、こうした状況の中でも、はっとさせられ、未来社会の新たな様相を垣間見せてくれる作品もある。古書展の三冊100円コーナーで見つけた「神鯨」という昭和53年出版のこの本は、まさしく、宝石のように輝くこうした作品の一つである。


1974年バランタイン・ブックスより刊行されたトーマス・J・バスラーの「GODWHALE;神鯨」である。著者のTJ・バスは、1931年生まれで、ベトナム戦争にも従事したことのある医大卒の病理学の科学者で、この作品は、彼が43歳の時の作品である。彼は、この作品の後、科学研究活動が忙しく、作品を発表していないようである。

 神鯨の時代背景は、今から数千年後の地球、その中で生きる変貌した諸人類、及び各種サイボーグや創造生物達の物語で。その扱うテーマは、性・タブー・宗教・神話・探検・ 植民・生物学・環境・コンピユーター・サイバネテックス・技術・工芸・ロボット・アンドロイド・サイボーグ・都市・海洋等、タイムトラベル等時空を除く殆どのSFのテーマが取り上げられている。特に訳者の日夏響が解説で述べている「人間を腐敗性物質として捉える作者の生態学的視点」が、生物としての人間を感傷なく自由に捉えているところが、時代の制約を乗り越えるかかる作品を生み出したと思わずにいられない。

訳者日夏 響は、1942年生れで、横浜国立大学史学科を中退した女性翻訳家で、オカルト本、SF、幻想文学を翻訳した。 その翻訳の数は多くいが、その人物像は、はっきりしない。

2012年の「終末期の赤い地球」電子版には、日夏響の著作権の継承者を探している旨が、記載されているので、この頃70歳前後で亡くなっていると思われる。訳者あとがきから見識がうかがえるが、一度は話が聞きたかった人である。苗字が本名ならば、あの日夏耿之介の関係者かもしれない。

 5.「タイムシップ」― 時間航行船と文明論

はじめに

2016年は、あの「宇宙戦争」や「タイムマシン」で有名なSF作家にして、世界政府主義者で社会活動家のHGウエルズ(1866年~1946)の生誕150年であった。彼の独創的なにところは、アインシュタインの相対性理論が生まれる前にタイムマシンを考え、エンリコ・フェルミが、核の連鎖反応を発見する前に「解放された世界」の中で核爆弾の可能性に気づいた点であり「宇宙戦争」の中で、生態系の思想から人類が無数の細菌との共生態であることを指摘していること等に象徴的に表れている。

HGウエルズが「タイムマシン」を発表したのが、1895年、彼が29歳の時であり、1995年は、「タイムマシン」誕生から100年となる。この刊行100年にあわせて、発表されたのが、アーサークラークの後継とももくされる1957年生れの英国の理系作家スティーヴン・バスターによる「タイム・シップ」であった。この小説は、HGウエルズの「タイムマシン」のその後をテーマとしているが、HGウエルズの思想や英国SFの伝統を引き継ぎそれ以降の100年間の科学や宇宙観の発展を取り入れた「文明論」的な雰囲気に満ちている。この本に触発されて、人類と文明の未来についてSF的に考えるのが、この文の狙いである。

未来史とSF

私が、「人類の未来」について考えるきっかけとなったのは、1950年代テレビで放送されたHGウエルズ原作の映画「来るべき世界の物語」を見てからであった。それまで、米軍の占領下と朝鮮戦争という暗雲に閉ざされた冷戦構造の中で、それは、一筋の光明のように僕の精神を照らした。

「来るべき世界」では、権力亡者ではなく物事を公平且つ客観的に見ることのできる科学者が、合理的な世界政府を樹立することになっていた。それに影響されたかのように、僕は、理学部に入り、物理学を専攻した。ただ、安保闘争直後の大学は騒然としており、その渦中の中では、思想や哲学や政治が話題の中心であり、自然科学より、社会科学や文学に興味が移り、我に返って本来の物理学に向き合ったのは、学部生活に入ってからであった。

現代物理学と私

当時物理学は、ニュートンを出発とする力学とマックスウエルの電磁気学を一般化した場の理論と量子力学と相対性理論をベースに、物性論や核物理学、素粒子論や宇宙論に取り組みつつある時期であったが、大学初期の怠慢が祟って、僕の勉強は遅々として進まなかった。物理学の理論は、数学で記述されるため、数学の基礎が曖昧なままでは、その理解に限界があり、その数学の基礎は、大学の12年生で学んでおかなければならないことであった。

その僕が、唯一まともに学んだのが「量子力学」であった。量子力学の学習は、その当時ノーベル賞受賞の湯川博士と並んで有名であった坂田昌一先生の講義で始まったが、講義のスピードは速く、間もなく授業についてゆくことが出来なくなったが、その授業が終わってから小此木先生の量子力学のゼミが始まった。

そのセミでは、英国の物理学者ディラックの「量子力学」が取り上げられ、輪講された。そのゼミは、その数ページを読むために10時間もの予習を必要とするぐらい難解であった。その副読本が、朝永振一郎の「量子力学」上下巻といった具合であったが、後に小林・益川理論でノーベル賞を受賞した小林君と一緒のこのゼミは、理解するということとは、どうゆうことなのかを学んだ貴重な体験でもあった。

量子力学における状態の概念

量子力学では、極微の世界の物質の要素が、物質が一点に集中する粒子と云う性質と物質が全空間に広がる波動という性質の相反する性質を合わせ持ち、これを状態という概念で表す。その状態をディラックの量子力学では、無限次元のヒルベルト空間におけるベクトルで表す。この状態が、シュレディンガー方程式により変化する。この状態は、各次元に投影された値の重ね合されたものであり、各次元の値が、実現する値であり、状態そのものは、実現する値の確率を規定しているだけである。

 坂田昌一先生の講義の単位は、「量子力学における状態の概念について述べよ」というテーマに対して、レポートを提出することで評価されることになっていた。そのレポートの提出期限は、一年以内であった。このテーマについてA4用紙で20枚近いレポートを作成するのに、結果的には、学部の半年近くの時間を費やすことになったが、今から思うとこのことが、僕にとっての唯一の勉強の成果であった。(評価は優を頂いた)

量子力学とノーベル賞

 理科系の人間と云えども量子力学を学ぶ機会は極めて少ない。しかし、この量子力学は、相対性理論、場の理論と共に、現代の世界像と現代物理学を支える三本の柱の一つである。

 これ等の三つの柱は、現代科学が提示する世界像・宇宙像や先端科学の動向を追うものにとって、これは、不可欠の知識ベースと思える。

 2015年梶田隆章氏とアーサー・B・マクドナルド氏の二人が、ニユートリノが質量を持つことを発見したことにより、ノーベル物理学賞を受賞したが、その理論的基礎は、1962年牧・中川・坂田のニュートリノ振動理論で、これは、ニュートリノが質量を持つこととニュートリノが異なるフレーバー状態の重ね合わせであるという量子力学的性質を持つことから説明された。残念ながらこの理論の正しさは、当時の実験精度では、検証できなかったが、1996年のスーパーカミオカンデの完成により、理論発表以来35年経た1998年梶田氏によって確認された。状態の重ね合わせという確率論的な現象と因果律の両立を可能にする量子力学の論理は、宇宙の構成を理解する鍵の一つであることは、間違いない。

「タイムシップ」の概要

 「タイムシップ」は、タイムトラベルつまり時間旅行をテーマとした小説であるので、相対性理論が中心となるはずのものである。しかし、ここでは、時間旅行は、単に空間軸を時間軸に変更する「プラトナーライト」と呼ばれる物質の働きを駆動装置とする「タイムマシン」によって行われる。1895年は、特殊相対性理論の誕生の10年程前であり、四次元空間という概念は、一般的であったと思われる。しかし、時間を旅するという「タイムマシン」の発想は、この当時まで、全くなかったように思う。

「タイムマシン」の独創性

以前、講談社から出版されている安能務訳の「封神演義」と呼ばれる三国志や西遊記と並ぶ中国の怪奇小説を読んだことがあった。この小説は、殷王朝が滅び、周王朝が起こる世界を背景に仙人や神々が闘いに参加し、新しい秩序が生まれる物語で、仙人達が宝貝(パオペイ)と呼ばれる秘密兵器を持って戦う古代のSFであり、「怪力乱神」の物語であった。最近の中国映画「lover」の中に飛刀を扱う一族が登場するが、この発想の原点は、この「封神演義」にあることを初めて知ったが、これを購入した娘に云わせるとこれは、中国の大衆文学では、常識的なことだそうである。この中では、空を飛んだり、地中を這ったり、猛スピードで移動したり、変身したりと想像の限りを尽くした武器や道具や人物が出てくるが、時間を遡る時間移動の話はなかった。それだけにHGウエルズの「タイムマシン」の発想は、独創的であった。さらに、この「タイムマシン」の驚くべき視点は、その想定する時間スケールの長さである。この中で、HGウエルズは、西暦802701年の世界を描いて見せている。

文明の将来への眼差し

人類の文明の発展に限界があることを初めて指摘したローマクラブの人類の危機レポート「成長の限界:1972」の中には時間を横軸、空間を縦軸とした人間の視界の分布図で示されとおり、殆どの人間が、数年先の職場や近隣という狭い時空の範囲の中で生きており、100年先の世界という時空を視野におさめている人間は、一万人に一人いるかいないかであるとされている。無論最近のSFでは、数千年かもっと先を描いた作品も少なくない。

 しかし、それにしても80万年は、我々の想像を遥かに超えた時間である。この時、人類は、どうなっているかが「タイムマシン」のテーマであった。「タイムシップ」は、80万年先の未来から帰還した主人公が、再びその世界を目指すところから始まる。

「タイムシップ」のテーマ

 「タイムマシン」から100年経った1995年の小説「タイムシップ」で展開さるべきテーマは、大きく二つである。その一つは、人類の未来と宇宙での役割をどう考えるかであり、もう一つは、宇宙の時空構造をどうとらえるかである。物語の制約は、相対性理論と量子力学である。但し、相対性理論は、時空を伝搬する速度が光速を越えられないとするものであるが、この光速は、時空そのものの拡大・膨張速度の制約ではない。インフレーション理論では、時空は一瞬の内に光速を遥かに上回るスピードで急膨張したとされている。時空を人工的に歪がめ、遥かに離れた時空と結びつけることが出来れば、光速度以上の速さで、別の時空な移動できる(ワープ航法)。しかし、この「タイムシップ」では、空間移動の問題は取り上げていない。物語は、時間を軸に展開される。

 人類の未来と宇宙での役割

 人類の未来と宇宙での役割については、本来哲学や思想のテーマであるが、それらが地上に縛り付けられている現在、SFの主要なテーマとなっている。人類はどこへ行こうとしているのかの問いは、つまるところ人間とは何か、生命とは何か、知とは何かの問いと同じである。この問いに「タイム・シップ」は、答えようとする。

生命とは何か

 生命を環境と相互作用する自己複製機能を持つシステムと考える。このシステムは、自己複製機能を維持する過程で、環境への適応能力を強め、次第に複雑なシステムとして成長し、内部システムを充実させ、それ自身外部から相対的に自立した一つのシステムの性格を身につける。その自立したシステムは、外部との相互作用を適切に進めるため外界の虚像を内部につくり上げ、これを発展させてゆく、そのことを自覚するプロセスが、意識ということになる。意識の誕生は、物質とは別のバーチャル世界すなわち精神世界の創造を意味する。この延長線上に人間がいる。

このシステムの発展の原動力をショペンハウエルは、生命の盲目的な欲望といい、ニーチェは、意思といい、ベルクソンは、生命のはずみ(拡張衝動)といい「タイム・シップ」では、限りない知的好奇心という。生命によって創造された精神世界は、無限の宇宙をその中に取り込み、最終的に外部世界を完全に制御するまで発展させられてゆく。人類は、生命が、精神世界を創造し、それが物質世界を飲み込んでゆくその壮大なプロセスの一部として位置づけられる。個々の生命の中で生まれた精神世界は、それら相互のコミュニケーションの発展により、より複雑な相互に連結しあった統一的な意識と精神世界を形成してゆく。この意識と世界は、もはや特定の生命に依存しなくなり、宇宙全体に広がってゆく。

人工知能と近未来

宇宙物理学者の松田卓也氏が、人工知能が人間の知能を越える2045年問題を提起したのは、2013年であるが、この時これに着目した人は少なかった。人工知能等は、SFの世界の問題で、遥か未来のことと思われたためである。しかし、2015年暮れの世界の賢人たちが集まるダボス会議では、人工知能が現在の仕事の多くを奪い、その結果失業者が増えることとそのための対策が話題となった。そして年が明け2016年、人工知能(AI)がプロの棋士を打ちしたことで人工知能の問題が急速に世間で注目を浴びるようになった。一般の我々が思っているより、世界の変化は、急激である。その変化に思想や哲学は追いついてゆけず、SFさえも遅れがちである。(2023年生成AIチャットGPTが誕生した:2024年追記)

スタートレックとiPAD

  20年ほど前、娘が、アメリカの長編SFスタートレックシリーズビデオの一部を送ってきた。スタートレックは、1966年アメリカで初めて放映されたSFで、今では五つのテレビシリーズと10作の映画、600以上のエピソードから構成されている。娘が送ってきたのは、この内のデイープスペース9とスタートレックヴォイジャーの二つのシリーズの一部であり、その内私が見たのは、主にスタートレックヴォイジャーシリーズのエピソードであった。この物語は、2300年代の未来を舞台にしていたが、その宇宙船の乗組員達は、本の大きさのタブレットに様々な情報をダウンロードしてみていた。

 アップルのiPADが出たとき、これは、スタートレックで、ヴォイジャーの乗組員達が使っていたタブレットそのものだと即座に思った。

 このスタートレックでは、ボーグと呼ばれる一つの集合意識を持つ種族が出てくる。これは、情報の共有化を極端に進めた意識の在り方である。この時代集合意識は、独裁国家を連想させ、否定的に扱われているが、「タイムシップ」では、もっと高度な神に似た存在として肯定的に描かれている。

宇宙意識と人類の役割

 アーサークラークは、人類はまだほんの幼年期の入口にさしかかったばかりであるといっている。その彼が、1952年「幼年期の終わり」で扱ったテーマが、人類はやがて巨大な宇宙意識の中に吸収されてゆくという思想であり、僕がこの小説に接したのは、1969年10月に出版された世界SF全集の中であった。

 「タイムシップ」では、フーサークラークの「幼年期の終わり」で「オーバーマインド:上霊」と呼ばれて、謎めいていた宇宙意識が、精神の物質に対する支配のプロセスとして、AI(人工知能)発展プロセスを取り入れ、哲学的に展開されている。宇宙史における人類の意義と役割に今まで以上に明確な方向性を与えたように思う。

「タイムシップ」と現代宇宙論

 「タイムシップ」の物語の骨格は、文字通り、時間論であるが、ここでは、最新宇宙論の考え方が、よく取り入れられている。その一つが多次元宇宙論であり、これが時間旅行のパラドックスとどのような関係があるのか、これがこの小説のもう一つの主題となっている。この考えたには、量子力学の確率論と決定論の問題、現象は確率論的であるが、状態関数は、因果律に従い決定論的であるというシュレディンガー方程式の基本構造の論理がいたるところで用いられている。最後に多次元世界を横断する方法として虚時間の概念まで出てくる。

虚時間の概念は、ホーキングが宇宙論の中で、境界条件無しで、無から有を生じさせるためには、実時間と直交する虚時間を導入すればよいことを証明してから一躍注目される概念であるが、ここまで視野にいれていることは驚きである。

 ニュートリノ振動の観測に続いて、重力波の検出を達成した現在であるが、これ等は、量子力学と宇宙方程式等の標準理論の枠組み内での話で、理論的に興奮するような話ではない。それより時空が10次元構造をしており、そのことからダークマターやダークエネルギー等未知の世界が開かれることになれば、それがSFの新舞台となる。ここに挑戦するような作品群が出てくるのを期待して本稿を終わる。

5.おわりに

大学時代に取り残した課題に挑戦しようと思ったのは70歳を迎えた時である。そのためには、金になることを前提とした仕事から手を引く必要があった。それから5年間、知的好奇心に任せて本を読み、それに刺激されて考えたことを文章や報告書としてまとめてきた。その量が多くなり、このままでは、今まで考えてきたことが、忘却の内に崩壊・拡散してしまうのではないかという不安が出てきた。頭脳がまだ、正常にはたらく内に今まで学習したり、考えてきたことをとりまとめてみようと思い立った。

 とりまとめの動機には、もう一つの理由もある。他人とのコミュニケーション上の必要性からである。技術環境が急進し、情報が氾濫する中、各自の情報のバラツキや偏在も拡大しつつある。2段階や3段階の論法では物事の理解が進まなくなっており、人との会話も差障りの無い範囲に限定せざるを得ない状況があり、大学時代のような真摯な議論を難しくしている。言葉は、他の言葉との関連の中で、その意味を明確にしてゆくものであることを考えると全体としての世界観やイメージを提示することによって初めて個々の言葉の意味を理解してもらえることもある。

とにかくこれは70歳からの第2の大学生活の卒論のようなものである。手に取って頂いた人の何かの参考になれば幸いである。 (201978日記)

 

  現在でもこの思いは変わらない。2024年9月1日 80歳と7カ月


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