はじめに
脳と意識をめぐる問題は、この30年ばかりの間ずっと氣になっていた問題である。1月に栄のジュンク堂書店によった時、新刊書コーナーで、脳関係の新刊が出ていたので、思わず購入したのが、この本である。
本を読むきっかけ
しかし、2月に入り、勉強会の資料として新聞記事を整理していたとき、「超知能AI 10年で実現」との見出しを見つけた。記事は、訪日したオープンAIのCEOサム・アルトマンへの取材記事で、それによれば、彼は、人間の知能に迫る汎用AI(ATG)が、4年以内に、専門家をしのぐばかりか一つの企業や組織全体の仕事もこなせる超知能AIも10年以内に実現すると語ったと云う。
長年、「人間とは何か」をテーマとし、意識と無意識下の不思議な働きに興味を持ってきて、潜在する無意識下の衝動に導かれたり、一瞬の閃きにより、偉大な発見をしたり、名画や音楽に感動したり、無限の広がりを見せる人間を宇宙のような広がりを持つ存在としてきた私にとって、これと同等の知能を持つAIと云うものが4年以内に実現するとは、俄には信じられない話で、それが実現するとするならば、そこに、人間とは何で、その中心をなす脳の働きについての科学的知見が無ければならない。現代の脳科学は、本当にそれを可能にするまで、進んでいるのだろうか。そんな疑問に導かれてこの本を読んでみることにした。
本のうたい文句
本の概要は、表紙カバーの裏側に要約されておりそれを紹介すると「なぜ細胞の集合体である脳から自我が生まれ、感情が生まれるのか。どうして相手の心が分かるのか。脳は如何に言語をあやつるのか。そもそも何故生命を維持できるのか。鍵は脳がする「予測」と予測誤差の修正だ。本書では、知覚、感情、運動から言語、記憶、モチベーションと意思決定まで、脳が発達する原理をひもとく。子供の学習や障害、意識の構造も一望。人類に残された謎である、高度な知性を獲得する仕組みを解き明かす。」
著者達について(wikipedia)
乾敏郎(いぬい
としお、1950年12月4日 - )は、心理学者・脳科学者。文学博士(京都大学・論文博士・1985年)。京都大学名誉教授、追手門学院大学教授。言語・非言語コミュニケーション機能の認知神経科学的研究に従事。発達原理の解明に向けた研究やコミュニケーション障害の脳内メカニズムに関する研究などを行っている。
略歴
大阪府生まれ。1974年大阪大学基礎工学部生物工学科卒業、1976年同大学院基礎工学研究科生物工学専攻修士課程修了。
大阪大学人間科学部行動系行動工学助手、1983年京都大学文学部哲学科心理学教室助手、1985年「視覚情報処理の基礎的メカニズムに関する心理学的研究」で文学博士(京都大学)の学位を取得。1987年視聴覚機構研究所認知機構研究室主幹研究員、1991年京都大学文学部哲学科心理学教室助教授、1995年教授、1998年京都大学大学院情報学研究科教授。2015年定年退任、名誉教授、追手門学院大学教授。
門脇加江子
概要:立命館大学文学部で実験心理学を学び、追手門学院大学大学院心理学研究科で臨床心理学を修める。 臨床心理士、公認心理師、保健師、看護師。 脳と身体の関係を焦点に、児童や成人のカウンセリングに従事。
専門は臨床発達心理学、メンタルヘルス。
脳の本質」の構成
まえがき
第一章 脳の本質に向けて
第二章 五感で世界を捉え、世界に働きかける
第三章 感情と認知
第四章 発達する脳
第五章 記憶と認知
第六章 高次脳機能
第七章 意識とはなにか
終章
あとがき
読後感
脳の働きについては、現代の脳科学の知見を取り入れ、よくまとまっている。しかし、これがすべてかと云うと取り扱い方が浅く、取り扱い範囲も限られているきらいがある。もっと知りたかったこととして、気が付いたことをとり上げるとまず、現在の脳科学の到達点の評価がないため、今後の科学の発展方向が見えないことである。さらに現代の脳科学発展の基礎となった技術的手法についての記述がすくないように感じた。また、人間の脳の発達と認知機能の記述はあるが、生物としての進化と脳機能の発達についての記述がない。さらに、これと関係するかも知れないが、生命体としての人間の無意識領域の問題の位置づけがあまり書かれていない。従来の哲学的テーマを現代の脳科学の視点から批判的に整理する必要があるようにおもった。
読後感をまとめてみて、自分の問題意識かがはっきりしてくるとこれに応えてくれるような本に、既に自分は出会っているように思われ、新たな本に期待するより、自分の持っている資料と知識を整理・確認し、自分なりに脳科学の現状をまとめるべきとの思いがしてきた。その意味で、この本は脳科学の現状をまとめるきっかけを与えてくれた本である。