2024年12月29日日曜日

すべての白いものたちのーノーペル文学賞受賞作家の作品―

 

その本との出会いから始めよう。それは、12月に入ったばかりの火曜日のことだ。

歯科医院から栄へ

その日朝一番で予約していた歯科へ行くため名城線の矢場町駅で降り、40年近く通っていた歯科医院を訪ねた。先月の半ばに歯の治療にいったとき、担当の院長から年内で、治療を止めたいと告げられた。院長は、83歳になり、頭は働くが手が震えるようになり、限界を感じたといい。その時、歯科の技術は、インプラントを除けば、それほど新しい技術はなく開業同時入手したドイツの歯科のマニュアルが今でも役にたっているとカラーの図鑑を見せながら私の歯の現状を説明してくれた。それまで、全く医師任せであった僕は、まだ入歯にする気がしないまま、いずれときが来たら先生に任せればよいと思っていたので、やめられると聞いて少し焦せり、12月にその先生の最後の治療を受け、その時、入歯をする場合の基本方針を確認しようと思った。それがこの日であった。その日、自分の歯の現状についての先生の評価と入歯にする場合の基本方針の説明を受け、翌年1月の予約を終えて医院を出た。時計はまだ10時を少し回った所だった。昼食にはまだ早く、天気も良かったので、とりあえず、久屋公園に沿って栄まで歩くことにした。街路に沿って植えてある欅の木は、葉の数枚を除いてまだ紅葉していない。通勤時間帯は過ぎているので人通りは少ない、僕は真っすぐに、地下鉄の12番出入り口を目指した。中日ビル近くのその出入り口は、その出入り口とそこから見える建設中のランドマーク栄の対比が面白くスケッチした場所で、描いていて、写真では良く分からない箇所を直接目で確認する目的もあった。そこで数分間立ち止まって風景を眺めてから、階段を下って地下街に入った。右手に回って30mばかり歩いたところに本屋のジュンク堂がある。

書店にて

ジュンク堂は、地下街で唯一の2フロアーのエリアで、そのために、一階部分は地下通路から1mばかり下がった位置にある。地下街の通路から入り口の階段を下りて、一階のフロアーに立つと左手が文庫本のコーナーであり、右手正面が実用本のエリアとなっており。その境界には、流行本や文具雑貨がおかれている。入ってすぐの入り口扉の近くには、新刊書のテーブルが配置されており、その奥には、検索機やレジコーナーがつながっている。レジコーナーの前には、2階へ行き来するためのエスカレーターがあり、その2階が専門書のエリアになっている。1階の新刊書コーナーに並ぶ書籍は、頻繁に変えられている。多くは、ベストセラー本てあり、僕がそこに注目することは、ほとんどなかった。しかし、その日は、ノーベル文学賞の文字と韓国の女流作家の文字が目に映り、何か心惹かれるものがあった。


しかし、それにも関わらず、僕は、すく左手の文庫本コーナーに向かった。文庫本コーナーは、出版社ごとにまとまった棚群から構成されており、各棚の端には、その出版社の新刊書を配置した机が取り付けられている。30分ほど丁寧にそれらを見て歩いた。そして心が動いた2冊の本「脳の本質」と「老いの深み」を買うことに決めた。脳の問題は、意識の問題とともにこの2年間ばかりの興味の対象であり、著者たちが、認知神経科学と心理学の専門家であることに魅かれたためであり、老いの深みは、著者の90代の年齢に魅かれたためである。その二冊を手に真っすぐレジに向かったが、その途中新刊書コーナーに積み上げられていた今年のノーベル文学賞作家の作品を手に取り、これも一緒に購入することにした。

「すべての白いものたちの」を手に取った理由

 その時の気持ちを整理してみるとまず韓国と女性とノーペル賞が結びつくことの違和感があり。その正体が知りたかったこと、次にそれは、その一か月ばかり前に読んだ安部公房の対談・エッセイ集である「死に急ぐ鯨たち・もぐら日記」の中で中南米文学について、ノーベル賞作家のカネッティとマルケスについて語っているのを読んで、刺激されたことと関係していた。それは、人間に対する見方が、西洋と日本という二方向からしか見ていなかったことへの反省と関連しているような感覚を覚えたためであった。ひょっとしたら、この本は、僕に新しい視点を切り開いてくれるかもしれない。そんな予感があったためである。

酒津屋にて

書店を出て、時計を見ると時刻は、1130分を少し回ったところだった。書店から10mばかり行ったところによく行く居酒屋の酒津屋がある。12時以降になると混雑するが、今ならすいているかもしれぬと思い覗いてみた。予想通り、客はまたまばらであった。迷わす、中に入ると店員の女の子が、すぐに「マクロと串カツですか」と声をかけてきた。黙ってうなずくとすぐ奥の席に座った。食事が来る前に買ってきた書物を確認する。それが私の習慣だ。そして、そこで初めてその本を開いた。

「すべての白いものたちの」について

「すべての白いものたちの;ハン・ガン(韓江):斎藤真理子訳:河出文庫:河出書房新社:20232月20日初版発行:2024年11月20日10刷発行」、この本は、2018年に発行された単行本に、翻訳者による補足と平野敬一郎氏の解説を加えて文庫本化されたものであった。

奇妙な本であった。最初の数ページを読んでそう思った。その感覚は、それを何度も読み直した後まで続いた。

 その本は、エッセイか散文詩のような一二ページの文の集まりであった。それは、要約していえば、風景に触発されて浮かんだ記憶や心の動きを表現した文の集まりであり。それらの文の共通のテーマは、命であると云えた。全体の構成は三部からなっており、その一部は、「私」、第二部は、「彼女」そして第三部は、「すべての白いものたちの」であり。最後に作家の言葉が添えられていた。そしてそのあとに翻訳者による「すべての白いものたちの」の補足と「恢復と自己貸与」という若き芥川賞作家平野敬一郎の解説があった。

僕にとってその文の繊細な表現は、以外であった。韓国のイメージと繊細な表現に違和感を覚えたためである。韓国語にこのような微妙な表現が可能であることへの違和感で、これは、もしかしたら翻訳者の力かもしれないと思った、この本の一部と二部は、韓国ではなく、ボーランドのワルシャワで書かれた。しかし、そのことを直接示す言葉はないが、明らかにそれを暗示する文が各所にある。そのことの意味について僕は、「羊のうた」を書いた加藤周一や「ノートルダムの畔で」を書いた森有正のことを連想した。異文化の中で彼女の感性は、覚醒したのではなかろうかと。

年の瀬の波の中で

 12月初旬は。例年ノーベル賞受賞記念式典のニュースの時期だ。東アジア初の女性作家のノーベル文学賞の話題は、本来もっと大々的にとりあげられてもよい話題であった。しかし、そうはならなかった。日本のメディアは、被団協のノーベル平和賞の話題に集中していたし、肝心の韓国は、伊大統領の戒厳令発出事件で騒がしかった。そんな中、ノーベル賞の授賞式の映像がテレビで流れたが、文学賞については、ほんの数秒黒のスーツに身を包んだ女性の姿が映っただけであった。私は彼女のことを知りたくなって調べてみた。

ハン・ガン(韓江)の概要と略歴(Wikipedia)

江(朝鮮語한강、Han Kang、ハン・ガン、19701127日― )は、韓国の小説家。光州広域市生まれ。父は小説家の韓勝源2024年にアジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞した。

19701127日、韓国光州広域市で生まれる。

1989年、豊文女子高等学校を卒業。

1993年、延世大学校国文科卒業。

1993年、季刊『文学と社会』で『ソウルの冬』等の5編の詩で文壇デビュー。翌年1994年、『ソウル新聞』新春文芸に短編『붉은 (赤いアンカー)』が当選し、小説家として一躍名をあげる。 その後、『여수의 사랑(麗水の愛)(1995), 『검은 사슴(黒い鹿)(1998) などを作品を通じて、人間の根源的な悲しみやさびしさを表す作品を発表してきた。「緻密な細部、飛躍や断絶のない構成、豊富な象徴などで若いマイスターの誕生を予感させる」と破格の賞賛を浴びた。2005年には審査委員7人の満場一致で作品『몽고반점(蒙古斑)』が李箱文学賞大賞を受賞した。同賞の歴史上、1970年代に生まれた初の受賞者であり、父の勝源も1988年に同賞を受賞していることから、初の親子受賞となった。

文学評論家の李御寧は、「 韓江の『몽고반점』は、奇異な素材と独特な人物設定、混乱した話の展開で不自然な小説になる可能性もあったが、レベルの高い象徴性と優れた作法で面白い小説になっている」と評価した。

2013年に初の詩集となる『서랍에 저녁을 넣어 두었다(棚に夕方を入れておいた)を上梓。2016年、『채식주의자 (菜食主義者)』でブッカー国際賞受賞。

2023年、イギリス王立文学協会英語版International writerに選出

2024年、湖巌賞芸術部門受賞

2024年にアジア人女性初のノーベル文学賞を受賞した。

訳者斎藤 真理子の概要と略歴

斎藤 真理子(さいとう まりこ、1960 ―)は、日本の朝鮮語翻訳者、著述家、編集者。

新潟県新潟市生まれ。父は新潟大学名誉教授の物理学者で、宮沢賢治の研究者としても知られる斎藤文一。姉は文芸評論家の斎藤美奈子。明治大学文学部史学地理学科考古学専攻卒業。

1980年から大学のサークルで朝鮮語を学び始め、1991年からソウル延世大学語学堂に留学。2015年、パク・ミンギュ『カステラ』で第1回日本翻訳大賞受賞。2020年に韓国文学翻訳院の第18回韓国文学翻訳賞文化体育観光部長官賞を受賞。

読後の違和感について

この本を酒津屋で開いてから、ずっと違和感があり、その正体がなんであるかについてなかなか分からなかった。その違和感とは、この作品と韓国とノーベル賞の間の関連性がしっくりこないという思いであった。そのことは、作品を読み、著者と翻訳者の追補や解説を読み、授賞式の作者の記念講演「光と糸」を読んだあとも変わらなかった。その違和感の正体を探しあぐねてあきらめかけていたとき、偶然目に入ってきた本が、古本屋で入手した「利栄薫」編著の「反日種族主義」であった。この中で韓国人の精神世界を長い間支配してきたシャーマニズムについて仏教やキリスト教では、人は死ぬと平等になるとの考えがあるが、シャーマニズムの世界では、そうした考えがなく、死者の霊はあの世にはゆかずもこの世の空中をさまよい、生者に影響を与えるという。つまり。韓国人の精神世界では、魂の浄化という思想がなく、貴族は死んでも貴族であり、下男は死んでも下男であるということらしい。こうした韓国人の心性は、死ねば神や仏になると考える日本人の心性とは明らかに異なる。この本の著者も神を信じないといっているので、こうした韓国人の心性の持ち主であり、これは、浄化されざる魂の彷徨記録としてみるときようやく理解できる気がする。

ノーベル文学賞

 この本のまとめを書きながら、ノーベル文学賞とは何だろうと云う疑問が湧いてきた。そしてそれなら彼女のノーベル賞受賞記念講演があるはずだと思いネットで検索すると斎藤真理子さんの全訳でその内容がネットで閲覧できた。

選考委員会は選考理由について、「ハン・ガン氏の力強く詩的な散文体の文章は歴史的な心の傷と向き合いつつ、人間のもろさをあらわにしている。彼女はすべての作品を通して、心と体や、生と死の関係についてユニークな意識を持っていてそれゆえに、彼女の詩的で実験的な文体は現代の散文文学における革新的存在といえる」と評価していた。

しかし、ここで述べられている「生と死の関係についてのユニークな意識」は、浄化なき魂の彷徨という救いのない世界でもあるように思う。僕が、この作品について、その表現力には、感心しつつも心から共感できなかった点は、その辺にあるのかもしれない。

この時期、日本では、女優中山美穂の死が報じられ、その年齢が54歳と知ったが、その年齢は、偶然にもハン・ガンと同じだった。54歳はまだ若い。この作家が20年後、30年後にどんな世界に到達できるのか、それを見極める作業は、次の世代に託したい。

おわりに

僕は、今まで、西洋と日本の二つの方向からしか世界をみてこなかったが、このことは、あきらかに自分の視野を狭くしていたような気がする。12月の末古書店の帰り、僕は再び栄のジュンク堂を訪ねた。その入り口には、もはやハン・ガンの書籍はおかれておらず海外の
ベストセラー本のコーナーに移されていた。そこで私は、迷うことなく、ガブリエル・゛ガルシア
=マルケスの「百年の孤独」を購入した。世界が開ける予感に胸をはずませて。了

                        


0 件のコメント:

コメントを投稿